第2話 辺境にて
「それで、今日の予定はあるの?」
アイシャが質問すると、ルーフェルは首を横に振りながら答えた。
「特に何もないよ。アイシャちゃんは?」
「私はアナタと違って、来たるべき日に備えて剣の鍛錬をするつもりよ」
アイシャはそう言うと、テーブルに立てかけていた自分の愛剣を手に取る。
「へぇ~ そうなんだ…… 頑張ってね!」
「ありがとう…… って、ちょっと待ちなさいよ!!」
ルーフェルが激励の言葉を贈るが、何故か怒られてしまう。
「え? なに!?」
「なにって、アナタも何か訓練しなさいよ!!」
「でも、私には剣も魔法も才能がないからなぁ~」
ルーフェルは肩をすくめながら、諦めたように呟いた。
アイシャはそんな彼女に対して、呆れ気味に告げる。
「才能があるとか無いとか関係ないわ。努力しないと強くなれないわよ! 何より、アンタが力を付けて中央から一目置かれないと、私の出世の目が完全に消えちゃうのよ! 私の魔王軍四天王の夢が、それこそお星様まで飛んで行っちゃうのよ!!」
「あははっ…… アイシャちゃんは相変わらずだね」
「とにかく、私と一緒に訓練するわよ!! いいわね!!」
「え~~ 私のまったりスローライフは~?」
「そんなモノは無いわよ!!」
「そんな~~」
不満の声を漏らすルーフェルだったが、アイシャに引きずられるようにして、屋敷の裏手にある開けた場所へと連れて行かれそうになってしまう。
だが、その時―
「ツンデレツインテールお姉さんの考えは、あまり良くないと思いますよ?」
突然、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
謎の声の言う通り、アイシャは炎のような赤い髪をツーサイドアップ(ツインテールの一種)にしており、ややツリ目気味の美少女で見た目通りツンデレだ。
ルーフェルは肩より少し長い金髪で、母親譲りの譲りのおっとりとした感じの美少女で、性格もややのんびりしている。
「誰がツンデレツインテールよっ!!」
アイシャとルーフェルが振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
少女は10歳ぐらいで青髪のおさげに、特徴的なジト目、そして手には本を持っている。
三人とも魔族なので、頭からは角が生えているが、子供なのでまだ小さい。
「久しぶりだね~、ベルルちゃん。少し見ないうちに大きくなったね~」
ルーフェルが、親戚のおばちゃんのような台詞を投げかけた幼女は、ベルル・イービルスという名前でデスセバスチャンの孫であり、本を読むのが大好きな10歳(魔界年齢)である。
「“女児三日会わざれば刮目して見よ”です。わたくしは成長期なのです」
「難しい言葉を知っているんだね~」
「そんな諺聞いたこと無いけど!!?」
得意気に胸を張るベルルに対し、アイシャがツッコミを入れる。
「ところで、ちびっ子。私の考えが良くないってどういう意味よ?」
アイシャが問い詰めるように尋ねると、ベルルは淡々とした口調で答え始めた。
「そのままの意味です。ルーフェルさまが強くなるのは、あまり得策ではありません。
何故なら、ルーフェルさまはここに追放されて来たのです。下手に力を持つと追放された恨みから、謀反を企てていると中央に疑惑の目で見られてしまいます」
幼女の口から、意外とまともな答えが返ってきたのでアイシャは面食らうが、すぐに気を取り直して反論する。
「それは少し考えすぎじゃないかしら? 王都ではルーフェルが”能天気お気楽極楽のんびり姫”ということは知れ渡っているのよ? そんなこのボケボケ姫が、反乱を起こすなんて誰がと考えるのよ?」
「アイシャちゃん、酷いよ~」
ルーフェルが涙目になりながら訴えるが、彼女は完全に無視された。
「そうかもしれませんが、それこそ楽観的かつ脳天気な考えではありませんか?」
「むぅ……」
アイシャは言い返すことが出来ず、黙ってしまう。
「そうだよ! 私はそれを懸念して、のんびり田舎のスローライフを楽しもうとしているんだよ! 中央から目を付けられないようにね!」
ルーフェルはドヤ顔プラス顎に指を当てたポーズで、アイシャに向かって自慢気に言い放った。
「流石はルーフェルさま! ご立派です!」
そんな能天気ドヤ顔姫に、ベルルはキラキラとした尊敬の眼差しを向ける。
だが――
「嘘つくんじゃないわよ!! たった今ベルルの意見に乗っかっただけでしょうが! アンタがそんな深謀遠慮な考えを持っているわけが無いのは、幼馴染の私が一番知っているのよ!! 正直に言いなさい!!」
幼い頃から長い間、共に過ごしてきたアイシャには嘘であることが秒でバレてしまう。
「はい。年下の前で見栄を張りました~。本当はスローライフを過ごしたかっただけです~」
あっさり白状して素直に謝罪する“のんびりおっとりのほほん姫”。
そんな姿を見たベルルは、ルーフェルに近づくと耳元でそっと囁く。
「わたくしには、全て解っています。“敵を騙すには、まずはツンデレから”ですね」
すると、ルーフェルもベルルにだけ聞こえる小さな声で答えた。
「流石はベルルちゃん。私の考えはお見通しみたいだね。でも、この事は二人だけの秘密だよ?」
ルーフェルは年下に、またもや見栄を張ってしまう。
「はい。承知しております」
だが、優しいルーフェルが大好きで敬愛しているベルルは、彼女の言うことを鵜呑みにして信じてしまう。
「ちょっと!! 二人して何コソコソ話をしているのよ!?」
「えへへっ…… ナイショだよ~♪」
「秘密です」
アイシャの問いかけに、能天気姫とジト目幼女は仲良く人差し指を口に当てて、可愛らしく微笑みながら答えるのであった。
「それで、ベルルちゃん。どうしたの? デスセバスチャンに会いに来たの?」
ルーフェルは、ベルルがこの屋敷に来た理由を尋ねる。
「いえ、領主様が蔵書の御本を御貸し下さると仰ったので、こうして通わせて頂いております」
「そうなんだね~。おじいちゃんは本が好きで沢山所蔵しているもんね。良かったね~」
「はい。領主様には、とても感謝しております」
ベルルはペコリとお辞儀をした。
「じゃあ、そろそろ訓練に行くわよ」
話が一段落ついたところで、アイシャがルーフェルに声を掛ける。
「そうだね。じゃあ、ベルルちゃん。またね」
「はい。失礼致します」
ベルルは再び頭を下げると、蔵書が収められている部屋に歩いていく。
そして、ルーフェル達は裏庭にやってくる。
「やあっ! はあっ!」
アイシャは素振りの後、小枝が巻かれた木に向かって木刀を打ち込む。
(ふぅ~。ちょっと、休憩しようかしら)
彼女は、かれこれ二時間一人黙々と剣術の鍛錬を行っており、流石に疲労色が見え始めていた。アイシャはツンデレではあるが、真面目な性格で剣術の稽古を特別な理由が無い限りはサボったりはしない。
(さて…… ルーフェルの方はどうかしら?)
アイシャは、チラッと横目でルーフェルを見る。
―が、そこに彼女の姿は無かった。
「あの能天気娘~! 一体どこに行ったのよ!? まっ まさか誰かに攫われたとか!?」
アイシャは慌てて、ルーフェルを探し始める。
彼女はツンデレだが、優しい性格の持ち主でルーフェルが酷い目に遭っていないか、心を痛めながら捜索を行う。
すると、納屋の近くに彼女の姿を見つけた。ルーフェルは、複数の犬や牛に囲まれており、その隣にはデスセバスチャンの姿もあった。
「ちょっと、何しているのよ!? 何も言わずに、どこかへ行ったから心配したじゃない!!」
アイシャは、ルーフェルの元へ駆け寄りながら文句を言う。
「ああ、アイシャちゃん! 見てみて! この子達、私が召喚した子達だよ~。ここでお世話してもらっていたんだ~」
「モーモー」
「わんわん」
ルーフェルは嬉しそうに笑顔を浮かべながら、自分の周りをグルッと囲む動物達に目を向けた。この動物たちは、ルーフェルが今まで召喚した動物たちであり王都では飼えないので、この土地が有り余っているドゥンケルラントに送られ、デスセバスチャンに飼育されていたのだ。
「ありがとうね、デスセバスチャン」
「いえいえ。おかげで新鮮なミルクに困らなくなりました。こちらこそ、有難うございます」
デスセバスチャンは、執事らしく恭しく頭を下げた。
「まあ、それはそれとして……。鍛錬はどうしたのよ!?」
アイシャはおそらく鍛錬をサボっていると思われる― いや、100%サボっているルーフェルに対して、怒りに満ちた表情で詰め寄る。
「ふっふっふっ… ちゃんと鍛錬はしていたよ、アイシャちゃん!」
ルーフェルは再びドヤ顔で言い放つ。
「へぇ~ で? 何の鍛錬をしていたのよ?」
アイシャは、ジト目でルーフェルを見つめながら尋ねる。
「もちろん【召喚】だよ~。今回呼び出したのは、この子だよ」
「モー」
ルーフェルの傍にいた牛が、返事をするかのように鳴いた。
「ええ~!! また牛なの! もういい加減にしてよー!!」
絶望の表情でアイシャは、大きな声で叫ぶ。
何故なら、牛が召喚されても中央への復帰は難しいからで、そうなると夢が遠のくからだ。
だが、今のアイシャは知る由も無いが、牛は更に増え続けることになる……
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