動物召喚しか使えない魔王候補は辺境で酪農を営むことになったけれど、奇跡的な力で魔王軍を救う!

土岡太郎

第1話 ルーフェル追放される





 とある日のデスタニア魔王城―


「わが娘ルーフェル=デスタニアよ。お前には今日からドゥンケルラントの領主になってもらう。いや、厳密には領主見習いになってもらう」


 魔王デスヘルダークは、娘であり次期魔王候補であったルーフェル=デスタニア(魔族年齢15歳)に、事実上の追放を宣告する。


「えっ!? お祖父様、どうしてでしょうか!?」


 彼女には、その理由はわかっていた。それはルーフェルの能力にある。

 だが、一応父に理由を聞いておくことにした。


「それは……」

「それは?」


「理由はオマエの能力だっ!!」

「ですよね~」


(うん。知ってた)


「お前の妹サターナは、魔王の娘に相応しく目からビーム、角からサンダー、手から波動が出せるというのに、それに比べてオマエはどうだ!? 役に立たない【召喚】ではないか!」


 ルーフェルの能力【召喚】は、魔力を消費して召喚するものなのだが呼び出せるモノに問題がある。彼女が呼び出せるモノは【恐ろしい魔獣や魔物】では無く【カワイイ動物】なのだ。


 今まで呼び出したのは、猫や牛それに羊などで戦力にはならない。

 魔界では力が全てなので、”そんな彼女に次期魔王は無理だ“と臣下から多くの意見が魔王に寄せられたのだ。


「でも、可愛いよ♪」


「うむ、確かにな…… じゃなくて! ともかくオマエはドゥンケルラントの領主見習いとなるのだ!!」


「はい。わかりました……」


 こうしてルーフェルは、魔王城を追われドゥンケルラントに旅立つこととなった。


 ドゥンケルラントは魔界の辺境に位置する国で、ルーフェルの母親の両親である祖父母が領主をしている領地である。


 山と草原、森が大半を占める”ド”が付く田舎で、大きな町は無く村が点在するのみで住民も少ない。


「空気が美味しね~♪」


 だが、自然は豊かなので空気は美味しい。

 なので、この地に到着したルーフェルは、開口一番に呑気にそのような言葉を口にする。


 そして、緑の大地と青い空にそこに映える白い雲。

 風景も美しく心が癒やされる。


「アンタは… 相変わらず呑気な娘ね……」


 その横で護衛役のアイシャが、呆れたように呟く。

 彼女の名はアイシャ・デモンラウス。武の名門デモンラウス家の息女で、ルーフェルとは同年齢の幼馴染みであり、次期魔王候補であった彼女の護衛役である人物だ。


「しかし… 薄情な連中よね。アンタが魔王候補から外された途端、蜘蛛の子を散らすように去っていくなんてさ」


「仕方ないよ。皆、自分の地位を守ることで精一杯だから」


 ルーフェルに仕えていた者達は、アイシャを残して全員が去っていった。

 それは、自分が仕える価値が無いと思われたからで、今の彼女に仕えていても出世は出来ないからだ。


「ああ~ 私もアンタに付き合わずに、王都に残ればよかったわ…。おかげで私の立身出世は、あの白い雲の遥か彼方まで飛んで行ったわよ!」


 アイシャはこの能天気なお嬢様に付いてきたことを、後悔する言葉を口にする。


「今からでも、王都に帰ってもいいんだよ?」

「冗談!! 今帰ったら、お父様に”不忠義者”として大目玉を食らうわよ!」


「あはははっ……」


 ルーフェルはアイシャの言葉に、苦笑いを浮かべながら同意した。

 でも、本当は自分のことが心配で、付いてきてくれたことを知っているが、その彼女の心意気を口にするのは無粋というものだ。


「そっかぁ~。じゃあ、この地で一緒に頑張ろうね」

「はいはい……」


(この子は本当に……)


 そう思いながらも、アイシャの顔には笑みが浮かんでいた。

 アイシャは幼い頃からずっと一緒にいた大切な友達だった。そして、今も側にいてくれる。ルーフェルはそれがとても嬉しく、アイシャもその気持ちは同じであった。


 二人は王都から乗ってきた馬車を走らせ、畑や放牧地を通るあぜ道を抜け領主の屋敷までやってくる。


 領主屋敷は、小さな丘の上に建てられた少し大きめの木造2階建ての建物で、敷地の中には納屋や家畜小屋もありかなりの敷地面積があった。


 だが、それは田舎で土地が余っているだけで、財力があるわけではない。

 現に屋敷は、外から見てもあちこち老朽化しており王都にあるような豪邸ではなく、ただ大きいだけの質素な造りをしていた。


「ごめんください~!」


 ルーフェルは、玄関前で声を上げる。すると、しばらくして扉が開かれ初老の男性が現れる。

 彼はこの屋敷の執事であるデスセバスチャンで、ルーフェルとアイシャに声を掛けてきた。


「これは、ようこそおいで下さいました。ルーフェル様」

「お久しぶりです。デスセバスチャンさん。お祖父様とお祖母様は、御在宅でしょうか?」


「はい。お二人共ルーフェル様のご到着を、首を長くして待っておられます。ささ、どうぞこちらへ……」


 デスセバスチャンに案内され、ルーフェルとアイシャは彼の後に続く。

 通された応接室では、二人の老人がソファーに座って待っていた。


「おお! よく来たなルーフェル!!」

「まあまあ、大きくなって…… 立派になったわねぇ~」

「お久しぶりです。お祖父様とお祖母様」


 二人はルーフェルと挨拶を交わすと席から立ち上がり、彼女に話しかける。


「さて、立ち話もなんだから座りなさい。お付きの者も遠慮せずに座りなさい」

「はい、お祖父様。失礼します」

「失礼します」


 着席を促されたルーフェルとアイシャは、二人が座っていた対面の椅子に腰掛けた。

 祖父であるデスバイン公爵と彼の妻が、ルーフェルとアイシャの正面の椅子に腰掛けると、デスセバスチャンがお茶の準備を始める。


 しばらく待つと、テーブルの上にティーカップが並べられた。

 デスバイン公爵はそのお茶を一口飲むと、ルーフェルに話を始める。


「今日からオマエが年老いたワシらの代わりに、このドゥンケルラントの領主見習いとなるということを、魔王様より話は聞いている」


 デスバイン公爵の子供は、跡取りであった息子が100年前の人間達との戦いで戦死して、今はルーフェルの母親だけであり後継者がいない状態であったので、孫のルーフェルが後を継いでくれるのは願ったり叶ったりであった。


「お祖父様。私に見習いとはいえ、領主が務まるでしょうか?」


 ルーフェルは自信なさそうな表情で、祖父に告げる。

 しかし祖父はそんな彼女を諭すように、優しい口調で語り掛ける。


「そこは解っている。まずは、ワシの仕事を見て覚えなさい。それに五年から十年は、見習い期間と考えているから、安心しなさい。」


 ルーフェルはホッとした様子で、安堵の息を漏らす。


「まあ、今日は長旅で疲れただろうから、ゆっくりとしなさい」

「ルーフェルが大好きな魔界シチューを作ってあるわよ」

「わ~い」


 祖父母は優しく微笑みながら、歓迎の言葉を口にした。

 その後、夕食を共にした二人は、その後に用意された部屋に案内される。


「ふう…… やっと落ち着ける……」


 部屋に入るなりルーフェルは、ベッドに倒れ込むようにして横になった。


(明日から忙しい一日になりそうだ……)


 そう思いながらも彼女は、すぐに眠りにつく。

 翌朝、ルーフェルは目を覚ますと身支度を整え、朝食を取るために食堂へと向かう。


 そこには既にアイシャの姿があり、彼女の分の食事も用意されていたので、ルーフェルは彼女の隣に腰掛け食事を摂り始める。


「随分と遅いご起床ね」


 アイシャが寝坊してきたルーフェルに、皮肉交じりに声を掛けると彼女は笑顔を浮かべながら答える。


「あははっ~♪」

「笑い事じゃないわよ…… まったく……」


 アイシャが呆れたような溜息を吐く。


「ところで、お祖父様とお祖母様がいないみたいだけど…?」


 この場にいるべき人物がいなかったので、ルーフェルは尋ねる。


「デスバイン公爵様は領地の見回りで、夫人は家庭菜園の世話に行ったわよ」

「そっかぁ~」


 領主といっても楽ではないようだ。当然である。


「公爵の伝言で、”昨日の今日だから、アナタはゆっくりしていなさい”だって。ホント甘やかされているわね」


「仕方ないよ。お祖父様やお祖母様にしたら、私はまだまだ子供なんだよ」

「それはそうでしょうけど、それにしてもねぇ……」


 アイシャはそう言いながらも、それ以上は何も言わなかった。

 確かに自分たちはまだ15歳(魔界年齢)なので、まだまだ子供である。


 実は領主見習いは、ルーフェルに不満を抱く家臣から彼女を遠ざける方便であり、魔王も公爵も彼女にはのんびりと田舎暮らしをさせようという思惑があったのだ。


 所謂、田舎でスローライフである。

 こうして、無能として次期魔王の座から追われたルーフェルは、まったりスローライフを始めるのであった。


 だが、そんな無能と評された彼女の【動物召喚】が危機に陥った魔界を救うこと事を、この時点では本人はおろか誰も想像すらしていない。



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