第23話 兄と妹の再会
光寛が千歌に連絡をとると、無事安否が確認できた。
千歌の学校は悪魔による災害で、休校とせざるを得なった。光寛の職場もそれを受けて一時休業となったため、千歌と合流して光寛の家に集まっていた。今回の事態の報告会を開き、光寛とオーディアがお互いに情報交換をしているところだ。
「つまり、光寛殿の母上が《支配欲》の使徒、父上が臣下である《攻撃欲》の使徒なのですね?」
「ああ、俺もさすがに驚いた。でもオーディアなら知っていたんじゃないか? その、なんちゃら調査っていう能力で人の経歴を見れるんだろ?」
騎士は不自然のない応答をして誤魔化す。
「いえ。私の【市民調査】は、実際に目にした人物の来歴しか覗けないのです」
「なんだ。てっきり俺たちと協定を組んだのは、《支配欲》の正体を知っていたからだと疑ったりした。すまない」
まるで嘘などついていないかのように平静を装っているオーディアを、千歌は横目に睨んだ。
「私はスレプスの夢で《支配欲》の手下と剣を交えた。その後は紗枝と《攻撃欲》の戦闘が始まって何もできなかった。申し訳ない」
「千歌ちゃんが謝った⁉ どういう心境の変化なの⁉」
紗枝は千歌の態度の変容に驚いて立ち上がるも、前の戦闘でのダメージですぐに腰を下ろした。冷徹な目つきだったのが、今では伏し目がちに消沈している。
「貴方たちの戦いを見て思ったの。私は全然強くない。だから今は他人の気持ちを考えるようにしている」
「? 辻褄が合ってない気がするが、まあいいか。頑張れよ」
「光寛殿は寛大ですなあ。私も千歌と切磋琢磨、二人三脚で取り組んでいきます」
報告会は得られた情報提供と事実確認をして終了した。
千歌たちは用が済んだと言って家に帰ってしまい、ついに光寛と紗枝の二人きりになった。正確には紗枝に憑りついている悪魔も含めれば三人だが。
「――それで、いつ紗枝は契約したんだ?」
無言の続く空間に切り出したのは光寛だった。面と向かって兄は妹に問い質す。
光寛にとって、紗枝との会話は数か月ぶりだ。謎の緊張感に包まれ、紗枝は下を向いてしまう。
「お兄ちゃんと同じ」
「じゃあ妹を人質にとっていたっていうのは真っ赤な嘘だったんだな、そこの悪魔」
今度はアパスが指名を受けて詰問される。紗枝の口から大人びた女性の声が出る。
「そ、そうであるな……。ワタシが体の主導体である間も、紗枝の意識はワタシの感覚を通して存在していた」
「囚われてもいない人質のために躍起になる俺を見て――――楽しかったか?」
鋭く刺す質問に、アパスは勢いよくかぶりを振った。
「とんでもない! 少しばかり心苦しかったが、それこそ紗枝との契約ゆえ、ワタシはミツヒロに嘘をつくしかなかったのだ」
「この期に及んで紗枝のせいにするのか、憎たらしい悪魔」
掴みかかる勢いで、紗枝の中に潜むアパスに激しく追及する。言葉も返せないアパスを庇うように紗枝が抗弁する。
「違うの! この契約は、私が言い出しっぺなの」
「紗枝が? ……なんで悪魔なんかと契約したんだ」
「……私が、お兄ちゃんを守りたかったから。悪魔なんて一人で倒せるくらいの強さが欲しくて、アパスちゃんと手を組んだの。でもお兄ちゃん、そんなこと知ったら絶対に許してくれないでしょ?」
腕を組んだまま無言の兄は肯定をした体で紗枝は続けた。
「私はもうそんな子供じゃないよ。今日みたいにお兄ちゃんを傷つけたヤツは返り討ちにしたし、これからだって私がお兄ちゃんの味方でい続ける。たとえ世界が敵でも、私は諦めないよ!」
「紗枝……」
凛として言い放つ妹の眼差しに、光寛は成長を噛みしめるように瞼を閉じた。両親の暴力から守ってきた妹が、今度は自分を守ろうとする。実際、紗枝がアグレシアと戦って勝っていなければ、自分の命は今になかっただろう。
光寛は紗枝の覚悟を受け止めようとするも、どうしても紗枝に悪魔との戦いに参戦させたくないという思いが勝つ。
「無謀だって言ってやりたい。でも紗枝が決めたことなら、俺もとやかく言える立場じゃない。兄として、少しはお前の考えも尊重してみる」
「お、お兄ちゃん……!」
シスコンで過保護な兄の成長に、紗枝は少し感涙してしまった。
すると光寛は言葉を付け加えるように言った。
「でもこれだけは言っておく。俺は紗枝が傷つくところを見たくない。だから紗枝に何かあれば、すぐにでもそこの悪魔と契約を解消してくれ」
「……わかった約束するよ」
紗枝は兄と小指を結び、約束を誓う。幼少期からの習慣だ。指切りをしてお互いが約束を破ったことはない。それほど二人にとって指切りという行為は契約よりも重要な契りだった。
(待て! 契約破棄ということは、紗枝が――)
アパスが必死に叫ぶが、紗枝によって声にされない。
(アパスちゃん。それは契約違反だよ? 大丈夫。きっと大丈夫だから)
紗枝は契約という口実を使って、アパスを黙らせた。
契約破棄とは、悪魔と契約した際に没収されたものを破壊することで、悪魔との契約を解消することである。紗枝がアパスに契約をするうえで渡したものが、自身の存在そのものであった。
兄との約束を守ると誓った以上、紗枝が契約を破棄することになれば、紗枝は死ぬ。アパスはそれを光寛に伝えたかったのだ。
光寛はそのことも知らず、妹とのやりとりにご機嫌を取り戻していた。自室から赤い包み紙を手にして戻ってきた。
「遅くなったけど、紗枝の誕生日プレゼント。本当は当日に渡したかったけど」
虚を突かれた紗枝は、差し出されたものをそっと受け取る。
「あ、ありがと……。開けていいよね?」
兄の肯定を確認すると、手早く紙を破り、中の透明な袋に入れられた髪飾りをじっと眺める。
「うわあ。綺麗……」
「しばらく髪切ってなかったから伸びたよな。目にかかるとよくないから使ってくれ」
金のヘアピンに、球のようなレジンがついている。紅色の生地の上に桃色の花びらが浮かんでいる。表面に金のラメが散りばめられ、部屋の照明を反射するほど煌びやかなそれを、紗枝は右のこめかみあたりに髪をまとめ、ピンで留める。
「うん。似合ってるよ」
「そう? お兄ちゃんが選ぶプレゼントにしてはすごくちゃんとしてるね。去年なんて、猫耳とバニー衣装を揃えて買ったの、マジで引いたからね?」
(ミツヒロよ……貴様は妹を何だと思っているのだ)
紗枝とアパスの侮蔑をはらんだ視線を光寛は平然と受け止め、胸を張って言う。
「俺は紗枝が好きだ。変な誤解をされようが、俺は俺の愛情表現を貫く! それより紗枝、そろそろお風呂入るか。お兄ちゃんが背中流してやるよ。ほら脱ぎ脱ぎしような~?」
「……さっきまでかっこよかったのに、そのムードすらもその言葉で台無しだよ! お兄ちゃんのバカ‼」
紗枝は腕を広げて迫りくる変態兄貴の顔に回し蹴りを食らわせた。
「ぶごフッッ――――‼‼」
壁に打ち付けられた光寛は、それでも恐悦至極の笑みを浮かべていた。
これが飯井崎家の日常である。
紗枝がアパスとの契約の事実を明かしたことにより、再び兄妹の日常が始まろうとしていた。
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