第21話 苦悩する女騎士
「私、まだ弱い。この戦いを見て思った」
学校から離れて天堂を学外に避難させた後、千歌は紗枝の戦いを遠目で見ていた。激しい戦いが終わり、オーディアと再会するや否や、自分の弱さを語り始めた。
「上級階位の貴方の力を引き出せていないから? それとも私はあれらと肩を並べることができない? 教えてオーディア」
「千歌は十分強いさ。剣や体術だって、契約した時から飛躍的に使いこなせている」
「そんな低次元のことを話しているわけじゃない!」
オーディアの手を振り払おうとするが、鋭く振った腕は霊体の彼を透過する。
千歌が機嫌を乱す時は、決まって《支配欲》に関係することだった。もしくはオーディアの冗談に呆れかえって口も利かなくなったりする。そのため、千歌自身のことで懊悩とする姿をオーディアは初めて見たのだ。【千里眼】で未来の一部を視ることができる彼だが、千歌にかけていい言葉を選ぶのに苦労した。
「使徒になってからの年月と剣術も、場数だって私の方が上。なのに全然勝てる気がしない……今だって光寛の妹の魔力で手が震えてる」
「それは――」
「そう嘆くでない、小娘よ」
ふっと顔を上げると、千歌の目の前にはスレプスが無気力な表情で見上げていた。オーディアは驚愕と畏怖で言葉を失ってしまう。
「貴様に足りないのは他者の為に戦うという意志の強さ。己の欲に囚われず、周囲に流されず、一貫した信念が魔力を増大させるのだ。娘よ、貴様はなぜあの時、もう一人の娘を庇ったのだ?」
思案するまでもなく千歌は答える。
「私の正義を貫くため」
完結明瞭な回答を受けて、スレプスはつい苦笑した。聡明な幼女が笑う姿は、千歌には嘲笑をしているように映った。
「何がおかしい?」
「いやすまない。どうやら昔日の我を見ているようだ。常に己との戦いで、視野が狭小になっている。まさにそれである」
ようやく平静を取り戻すと、スレプスは薄ら目を完全に開眼させた。舌足らずな声も明瞭にして言葉を発する。
「木下千歌。貴様は利他のために行動してみるがいい。あまり高等な助言をする趣味はないが、今回のちょっとした礼と思い心に銘じておくのだ。契約ではないが、我との繋がりをここに刻もう」
スレプスは両手を前で重ね、掌を千歌に向ける。微弱な魔力の波動を放つも、攻撃や魔術のどちらでもない。
やがて千歌の右腕にひりひりと焼けるような痛みが発する。腕をまくってみると、腕の関節の下あたりに小さな魔法陣の跡が焼き付いていた。
「必要になったら魔力を通せ。その時は力になろう」
「待って! どうして私なの?」
「強くなりたいのだろう? ならば我の言うことに従っておけば吉だと思え。邪魔したな《秩序欲》。さらばだ」
スレプスは別れを告げると同時に、その場で白い光の粒子となって消えてしまった。最後まで判然としなかったスレプスの言動に唖然とする千歌とオーディア。しばらくの間、二人は沈黙に包まれて喋ることを忘れていた。
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