第20話 紗枝の覚悟➁

 大剣を地面に突き立て、地面に魔力を注ぎ込む。はるかに強い魔力の輝きを放ち、地面全体が振動するようになる。


 それでも紗枝は、剣を失っている今が好機だと考え、男との間合いをぐんと詰める。魔力を最大限まで刀身に込め、魔力が溢れ出て黒い稲妻を迸らせた。

 無防備な男の正面から心臓の位置に切っ先を突きつける。

 深く踏み込んだ瞬間、紗枝の足元が大きく崩れた。地割れが起きたかと思うほど地面が浮き上がり、紗枝の攻撃は中断せざるを得なかった。


 慌てて体勢を整えようと後ろの足でバランスを取ろうとするが、さらに足場がぐにゃりと沈んだ。


「え、ちょっとなにこれぇ⁉」

「そらよ!」


 片手をついて転倒を避けた紗枝だが、そこへ男が大剣を叩きつけてきた。

 得意の俊足で逃げようにも慣れない足場で立つこともできない。寸でのところで紗枝は刀で攻撃を受け止める。片手でしか柄を握っていないため、十分に力を出せない状態だ。じりじりと押し込まれ、刃が首元まで迫る。


(させぬ‼)


 アパスは強制的に紗枝の全身に魔力を伝達させると同時に、紗枝の体を動かした。刃を受けながら刀の切っ先を地面に刺し、後転をするとともに男の胴体を足で押し飛ばした。


 男は再び距離をとられるが、飛んでいく先に地面から分厚い壁が出現し、空中で壁に足を着けて止まった。そして滞空中に壁を強く蹴り、体勢を整える紗枝に突っ込んだ。

 今度は立ちながら剣を受けるが、男の勢いに紗枝は後方に飛ばされてしまう。

 紗枝の飛ばされた先に先刻と同じような土の壁が出現し、激しい勢いで背中を叩きつけた。


「ッ……いったぁ⁉」


 さらに足場が針状に変形し、紗枝の着地を狩ろうとする。咄嗟に壁に刀を刺し、なんとか着地をせずに止まることができた。


「嘘でしょ⁉ そんなのあり⁉」


 地面が男の立ち回りを補助するように機能するため、紗枝は不利を強いられる。


 男の能力【白亜紀】により、グラウンド全体が男の意思で自在に変形する。それに加え、【本能解放】により恐竜の足で複雑な足場を自由に駆けることができる。小さな足をもつ紗枝には魔力でいくら筋力を補強してもバランスは保てない。これでは後手に回ったまま攻撃を受け続けることになると紗枝は思案し、魔力で操られている地面に向けて影を作ろうとした。


「アパスちゃん! さっきみたいになんとかして!」

(おそらく無駄であるぞ。地面全体に魔力がかけられていて、【捕食者】では干渉できない)

「っ~~‼ もういい! 【捕食者・竜】‼」


 紗枝がそう唱えると、左手から円状の魔法陣が出現した。円から通り抜けるように影が生み出され、それはやがて翼の生えた竜の形を成す。全長五メートルを優に超える竜に紗枝は飛び乗り、翼をはばたかせて男に突っ込んだ。


「ったく……やっぱガキだな。そんなにでけえと狙いの的だぞ」


 地面から竜を落とさんとばかりに鋭い三角錐がいくつも飛び出す。翼に当たりそうになるが、竜は旋回し、迫りくる攻撃を次々に躱す。


「竜なら火とか吐けるでしょ! ほらやって!」

(いや、それは無理ではないか?)


 竜の背中をバシバシ叩いて命令すると、竜は口を大きく開けて紫の炎を吹いた。


(う、嘘であろう……。まさか紗、これが紗枝の潜在能力なのか?)


 あまりに奇想天外な発想と、それを実現する紗枝の力に、アパスは関心と共に畏怖すら感じていた。


(ワタシには手に余るな。紗枝の好きなように戦うがよい)

「わかった。じゃあアイツに向かって火炎放射!」


 高らかに竜は咆哮を迸らせ、火花をちらつかせながら口から炎を放射した。男は土の変形を駆使して炎から避けるも、動きに合わせて竜は首を動かして追う。


「っち。雑に強いっつーのが一番タチがわりぃ……うおっ⁉」


 土の波に乗って炎から逃げていた男だったが、気づけば彼は炎に囲まれていたのだ。すかさず地面を変形させようとするが、止まった一瞬を紗枝は逃さなかった。


「今だ突っ込め!」


 竜は火を吹いたまま男に突進した。逃げ場のない男は足元から板状の壁を出現させ、竜の顎を殴打した。

 苦しそうに唸り、竜は地面に落ちてしまう。

 紗枝は竜が地に落ちる前に背中を蹴って高く飛んだ。刀を携え、そのまま男の頭へと落下していく。

男は紗枝を目で追うも、逆光が邪魔して土の迎撃が当たらない。

 紗枝は空中で刀を握りしめ、再び稲妻が走るほどの魔力を込める。空中で仕留めようと伸びてくる土の針を小さな体で躱し、攻撃が届く距離にまで近づいた。


「くそっ、こうなったら……!」


 男はすべての迎撃に失敗したため、自分の攻撃で相殺させるしかない。咄嗟に大剣に魔力を注ぎ、紫の刀身を下段に構えて腰を深くして構えた。

 そして両者同時に剣を振りぬいた。紗枝は渾身の雄叫びと共に最大限の魔力を解き放つ。


「死ねぇええええ‼」


 お互いの魔力の奔流が大気を揺るがし、エネルギーの衝突がわずかに拮抗する。


 しかしそれは一瞬のこと。紗枝の爆発的な魔力の勢いは、下にいた男を呑み込んだ。白い光が周囲を巻き込み、近くにいた人間は眩しさのあまり手で目を覆い隠す。


 しばらくしてハレーションは止み、視界が明ける。荒廃としたグラウンドには少女が刀を振り下ろし、その前で倒れている大男の胸には深い傷が刻まれていた。

 紗枝は男の心臓を破壊したことを目で確認し、その場で膝をつく。刀を地面に突き刺して杖代わりにした。下を向くと、頬から伝う汗がどっと垂れて地面を濡らした。


「や、やった……やったよ。お兄ちゃん。私、お兄ちゃんを守れた」


 仇を討った喜びで、疲弊しながらも紗枝は笑った。


「紗枝! 紗枝、無事か⁉」


 そこへ光寛が魔力で増強した速度で駆け寄ってきた。ぼろぼろになった妹を見て、兄は涙目になりながら妹の頑張りに歓喜していたのだ。


 紗枝に抱き着いて無事を確認する光寛。笑っているようで泣いている兄を見て、紗枝は心の底から安堵した。


「もうっ。そんなんで泣かないでよ。お兄ちゃんの……弱虫」


 そう言って紗枝も光寛の背中に手を回して抱き返す。自分の手で守りたかった唯一無二の存在を確かめるように、いつまでもその温もりを抱きしめていた。

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