第19話 紗枝の覚悟①
紗枝の生み出した竜の影が消えてからしばらくして、民家の屋根の上で気を失っていた光寛が目を覚ました。オーディアは顔を覗きこみながら声をかける。
「光寛殿。無事ですか?」
「俺は何をして……そうだ。紗枝!」
気絶から目を覚ました光寛は体を起こそうとしていたが、傷口が痛みを引き起こす。オーディアは落ち着いた口調で冷静を促す。
「まだ安静にしてください。たった今、紗枝殿が【捕食者】の影で取り込んだ魔力で、傷を治したばかりです」
「紗枝がどうして……どうして悪魔と契約してるんだ⁉」
夢と思っていた出来事を現実と突きつけられ、光寛は信じられないとばかりに頭を掻きむしる。完全に我を失った彼に、オーディアは学校の方角を指さした。
「ご自身で確認してください。彼女はもう、光寛殿に助けられてばかりのか弱い少女ではないのですよ」
騎士の発言に、光寛は訝しめるように目を眇める。
「知っていたような口ぶりだな、お前」
「失礼ながら、紗枝殿の精神にアパス様が介入している時点で、彼女たちの間に契約がされていたと考えるのが現実的です。それに加え、《食欲》を光寛殿一人で負担するのは不可能です。光寛殿と紗枝殿の二人で《食欲》を共有していたため、貴方は欲望に呑み込まれずに力を扱えていたのですよ」
「でもどうして紗枝が契約なんてするんだっ。あれじゃあ俺と同じ使徒じゃないか!」
戦闘による衝突音が地面だけでなく空気をも震わす。学校の方だ。
オーディアが言っていたように、陸上トラックが引かれた広大なグラウンドでは紗枝と父親が剣を交えていた。
目を細めなければ見えないほどの距離だが、それでも金属音は耳に届く。流麗に太刀を繰り出す紗枝の姿は、とても光寛と年の離れた妹とは思えない。
固唾を飲んで戦場を見つめているうちに、光寛は紗枝の姿に恍惚と見入っていた。
***
紗枝と父親には二倍以上の体格差がある。光寛では手も足も出なかった身体能力であったが、紗枝に至っては魔力量で体格差以外にも欠けている要素を補うことで、男の怪力と対等に太刀打ちできるようにしていた。
「アパスちゃん! もっと魔力上げて!」
紗枝は男の振るう大剣を弾き返し、踏み込みと同時に深く切り込んだ。しかし男の胸元を傷が入る程度で、焼き入れでもしたかのような堅い肉体を切り裂くことができない。
(しかしこれ以上魔力は紗枝の許容量を超えてしまう!)
「そんなのどうだっていい!」
男に傷を負わせることに夢中で、紗枝は己の体の限界を考えていない。兄を傷つけられた激情に燃え、冷静さを欠いている状態だ。
アパスは紗枝の戦闘を魔力供給のみでサポートしていて、能力を発動する際は紗枝の判断で使用の有無が決められる。アパスとしては、今以上に大きな魔力を使うことに抵抗感があった。
「おいおい仲間割れかよ。悪魔とはちゃんと仲良くしなきゃダメじゃねえか。能力――【本能解放】」
魔力によって紫の強い輝きを帯びた男の両足は恐竜の足と化し、まるでケンタウロスのように上下の体が別の生きものになった。肉の詰まった太い足で地面を踏みつけ、無数の土塊が宙に浮く。
すると土の塊は表面に薄い紫の輝きを纏い、浮遊を保った。男が魔力で土の動きを制しているのだ。
「魔力ってのはなあ、こうやって使うんだよ!」
止めていた魔力を、浮遊したすべての土塊に流し込み、不揃いだった物体は紗枝に向けて鋭利に形成される。
「いけ、【土杭】‼」
剣で紗枝に指すと、塊は一斉に紗枝へと一直線に発射された。一つ一つが矢のように速い弾丸で、紗枝が軌道上から動くと、直線を変えて追尾する。
「なんで追ってくるの⁉ アパスちゃん、これ影で呑み込めないよね?」
(あれは男の魔力で操作されている。【捕食者】で弾にかけられた魔力を喰ってしまえば、追っては来れないぞ)
「なるほどね。【捕食者・霧】‼」
紗枝は後ろに向かって霧状の影を振りまく。紗枝を追って影に通過した球の魔力は吸収され、物理法則に則って軌道上の投擲板へと打ち付けられる。
球を避けた紗枝はすかさず、【土杭】から得た魔力を全身に込めて、数メートル間合いの離れた男に向かって大きく跳躍した。落下すると同時に刀を上段から男へと叩きつける。
ギイイイン‼
紗枝の一撃を男が受け止め、金属が悲鳴を上げるように鳴り響く。相殺されると思われた攻撃は、紗枝の魔力によって増強されていたため、男は大きく後ろへと飛ばされた。
サッカーゴールの網を破き、体育倉庫に突っ込む。扉の破砕音とともに消石灰の白い粉が舞う。
「まだ終わってないよね。次は何で攻撃しよう」
(しかし初陣とはいえ、ここまで力を出しても疲弊しない紗枝には驚いているぞ)
「……こんなことで疲れたりしないよ。ほら、まだアイツ生きてる」
扉を破壊され大きく変形した体育倉庫から、男が出てくるのを確認すると、紗枝は刀を中段に構えた。
男は大剣を引きずり、厳めしい表情をするのを見れば、あまり余裕のある様子ではなかった。口についた自分の血を手で拭い、男は言う。
「《食欲》の力を妹のほうが発揮できているなんてな。さすがに体格だけで舐めちゃいけなかったな」
「アンタの魔力攻撃はもう通用しないってわかったでしょ。私の刀がアンタの心臓を貫くのも、もはや時間の問題」
すると男は突然目に手を当てて高笑いを上げた。
「アハハハハハ! 少しは学習したと思ったが、まだ教えたりなかったか!」
「……何がおかしいの?」
「力じゃ負ける。魔力だって効かねえ。……だったらやることはひとつだろ!」
男はゆっくり紗枝に近づき、離された間合いを詰め始める。
狙いに思い当たらず、近づく男の動きに気を配りながら紗枝も足を運ぶ。お互いが中距離の間合いに差し掛かった時、男が動いた。
「能力――【白亜紀】」
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