第18話 守備防衛
魔力で構築した銀色の鎧を装備し、抑えていた魔力を全身から解き放つ。男たちは本能的に後ずさるも、曲刀の男の指示で態勢を整える。
「――やれ」
槍を持った男が先陣を切り、堅く構える千歌に穂先を突きつける。一本槍の鋭い一筋に剣で受け流すように軌道を変えるが、千歌の頭部を突き外した槍は瞬時に引き戻され、再び次の一突きが繰り出される。
槍の攻撃を剣のみで正確に捌くも、後手に回ってしまった千歌には反撃を仕掛ける暇がない。なにより背後にいる天堂が千歌の間合い管理を阻害しているのだ。
「ちょっと待ってわたし何も聞かされてないよ~‼」
「貴方は黙って!」
槍の男の攻撃は見切るので精一杯だが、男の奥に弓矢を構えている男の姿が視界に映る。放たれた矢は槍の男の横を通過し、千歌の後ろで魔力を集中させているスレプスへと流れる。
「させない!」
槍を受け流すとともに、攻撃の軌道を地面に逸らす。剣に加えた力が男の槍を放つ勢いと合わさり、地面に深々と刺さる。
その隙に千歌は左手を伸ばして通り過ぎようとしていた矢を掴んだ。そして矢を持ったまま、腕に魔力を蓄える。腕を振り下ろすようにして弓矢の男目がけて矢を投げ返した。
しかし矢は曲刀の男によって弾かれる。弓矢の男を庇うために後衛に待機していたのだ。
槍をようやく引き抜いた男は、再び千歌に向かって一方的な攻撃を仕掛ける。
「仲間を庇うので必死のようだな、小娘。そこのお転婆を捨てれば肩の荷は楽になんじゃないのか?」
静かな笑みで槍の男は語り掛ける。
千歌にとって天堂を守ることは自分のなかの秩序を維持するために必要なことであった。自分の周りが平和ならば、それは正義が悪を圧倒できている証拠であるからだ。一般人の天堂が男たちに殺されることは、己の正義に反する。彼女は殺されてはならない。その信念が千歌をその場に縫い付けて動かせない。
千歌の実力を存分に発揮すれば、槍の男だろうと弓で狙撃されながらであろうと圧倒することができる。それでも千歌は天堂の前だけで剣を振るう。
ある意味、その執念が【秩序欲】の悪魔に選ばれた理由かもしれないと、千歌はふと考えた。
「荷物は背負っているだけで手は空いている。なにより、貴様の動きなどとうに封じている」
「何を言って――るんだ!」
槍に鋭利な魔力を込め、男は千歌の心臓に狙って強い踏み込みとともに槍を突いた。紫の光を帯びた一筋は目に負えない速度で胸元に迫る。
鎧を穿つその刹那。槍の穂先が鎧表面に張られた透明な壁に吸い込まれた。
能力【魔盾】。
千歌の持ちうる逆転のカウンターが発動した。消費魔力が多いため、相手の攻撃からも魔力を吸収しなければならない。発動するタイミングはコンマ一秒のズレも許さないが、完全に見切った千歌はそれを容易く成功させる。
透明な壁は通り抜けようとする魔力を真逆の方向に反射する性質をもつ。ゆえに、魔力の乗った一突きは穂先を男へ向けて跳ね返った。まるで槍が真逆に折れたかのように、男の胸を穂先が深々と貫く。
「ぐはっ⁉ な、なんで……」
男の心臓は自身の槍で貫かれ、溢れ出る血を抑えきれずに倒れた。
その様子を後ろから眺める二人は大いに驚愕する。
「まさかそんな隠し玉を持っていたとはな。おい、お前は後ろを狙え。俺は女とタイマンだ」
曲刀の男は弓矢にそう命令すると、千歌と剣の交わる間合いまで進む。曲刀を目先に合わせて構え、千歌と視線がぶつかる。
どちらから仕掛けるか、足の動き、重心の落とし方などを間合いだけで感じ取っていた。
そんな無言の間に、弓矢の狙撃がスレプスを襲う。同時に曲刀の男も動き出し、千歌に斬りかかる。
千歌は全身に魔力を行き渡らせ、引き上げられた敏捷性でまず矢を切り上げ、そのまま剣を回すようにして男の斬撃を弾く。
すかさず次の斬撃を繰り出すも、細かなフェイントを入れてくる。
突然切り替わる剣の軌道と間合いをなんとか見切り、千歌は相手の力を利用して重心を崩す。
ぐらっと揺れた男の腹に体重の乗った蹴りを喰らわせる。
「ごっ……⁉ ちっくしょうがあああ!」
剣の扱いと体術で、完全に弄ばれていると感じた曲刀使いは、怒りに任せて剣を振るう。
「感情的になると動きが単調になる。力も偏るから別角度から力を加えるだけでいくらでも受け流せる」
千歌は男の振り下ろす曲刀を剣ではなく素手で押しのけ、空振りしてよろめいたところで手首に剣で衝撃を与える。
手元から曲刀が弾かれ、回転して宙を舞ったあと、数メートル離れた地面に落下した。
無防備になった男をフォローしようと弓矢が千歌を狙って飛んで来るも、動じることなく切り伏せる。その後、千歌は丸腰の男に向かって剣を突きつけた。
「武器を捨てろ。そのまま膝をついて手を後ろに回せ。忠告として、私に魔術は効かない」
弓矢の男は一矢報いようとしたが、槍使いの死体が入って何を思ったのか降伏した。
「す、すごい……。千歌ちゃん、勝ったんだよね?」
背後から天堂の震えた声で聞いてくる。立ち上がることができるくらいにはなったようだ。
剣を動かすことなく千歌は言う。
「あくまで私の正義のために貴方を守った。それだけだから。それと、もう準備はできているはず」
溢れんばかりの魔力を漂わせるスレプスは、千歌の言葉に答えるように足元に魔力の球を落とす。
「こ奴らの始末は外にいる彼らに任せるとしよう」
魔力の球が床に落ちると、白の空間全体に細かなヒビが入る。塗装が剥がれるように空間の壁が崩壊していく。地面からグラウンドの土色がむき出し、天井からは日差しと蒼穹が覗く。
やがて千歌の目に現実世界の学校が映るようになる。いつもと変わりない平和な日常の風景――ではなく、バイザーから覗くグラウンドには人とは違う存在が剣戟を交えていた。
千歌はグラウンドで飛び交う二人の魔力の衝突に言葉を失ってしまった。
「おいおい! まさか冠位奪取にしくったのか?」
グラウンドで大剣を振るう半裸の大男が、千歌に拘束されている黒ずくめの男二人に怒鳴った。彼に潜在する魔力量を視認するだけで委縮してしまう。おそらく自身と同じかそれ以上だと判断したのだ。
「ちょっと、そこどいて‼」
空気を切り裂くような声が千歌の耳に届き、千歌は天堂を抱えてその場を瞬間的に離れた。
取り残された男たちは千歌の作った拘束具で身動きが取れない。そこへ覆いかぶさるように暗澹の影が迫る。まるで竜の姿をした立体的な影で、大きな翼を折りたたみ、岩肌のような顎を震わせている。逃げようと必死に藻掻く男たちに竜は咆哮を迸らせた。
次の瞬間、竜の影は男たちにかぶりついた。強靭な顎は骨を容易く砕き、男二人を呑み込む。
すると竜の影は役目を終えたように溶けてなくなった。地面に液体状に崩れる影の先に、千歌は一人の少女の姿を見つけた。
「貴方は……」
黒光りする刀を携える紗枝は、大剣の男よりもはるかに上回る魔力量を有していた。自分との力の乖離に、握っていた剣を無気力に落としてしまった。
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