第14話 《睡眠欲》
翌朝、光寛が起きると部屋には一体の騎士の姿が見えた。
「光寛殿、おはよございます。今日もいい天気ですな」
騎士の膝下が床を透過しているのを見て、光寛は言う。
「なんでオーディアが家にいるんだよ。立派な不法侵入だろ」
「ドアをノックして入りたかったのですが、私は霊なのでモノに干渉できないのですよ。あと毎度のことですが、私にはプライバシーを守ることができないので」
秩序欲を階位に持つ悪魔の言うことではないなと呆れつつ、千歌がいないことに気付く。オーディアはそれについて先んじて説明をした。
「千歌は学校に行っております。一応彼女は学生ですから。この度は私から報告があり、緊急を要する形ですが失礼している次第です」
「《支配欲》について何か分かったのか?」
騎士はそれには答えず、慇懃な態度で言う。
「アパス様もご一緒に聞いていただけると助かります」
光寛はアパスを起こし、床に膝をついて頭を下げるオーディアを前にして座った。
「それでオーディアよ。急を要する話とはなんだ?」
「率直に申し上げます。千歌の学校にて三大欲求の一角、《睡眠欲》の悪魔が現界いたしました」
「……⁉」
アパスは今までにないほどの驚愕を示す。反射的に背もたれから体を起こし、組んでいた足を解いた。
そして静謐を保つ声で言う。
「スレプスか……。あまり手を出したくない相手であるな。現状を教えろ」
「はい。現在スレプスは校舎にいる人間に憑りついては、手当たり次第に生徒職員を眠りにつかせている状態です。正確な数はわかりませんが、登校出勤した人間のほとんどはその被害に遭っています」
途端、光寛は緊急とする理由に気付き、鋭く問いただす。
「まさか千歌もそれに?」
オーディアは小さく頷く。至極落ち着いている様子だ。
「しかし安心してください。スレプスの能力は、対象の人間を夢の中に誘うものです。彼女の欲が満たされれば現実へ戻されます」
「オーディアよ、それはいささか楽観的すぎる。奴は上級階位などではなく冠位。人間の睡眠欲を死ぬまで搾り取るなど容易いぞ」
「それはっ……はい、その通りでございます」
それではどうしたものか、とアパスは腕を組んで宙を眺める。
千歌が三大欲求に囚われたとなると、自分たちにとって協定に則って助けに行くのが妥当だ。正直なところ、千歌に対するアパスと紗枝の過小評価が救助に向かおうとする考えを妨げていた。
「救助に向かうにしても、相手は冠位であるからな……」
「話を反らして悪いが、冠位と階位って何が違うんだ? たしかお前の《食欲》も冠位だろ」
半ば会話に蚊帳の外であった光寛が発言する。
今まで悪魔の説明についてすっかり失念していたことに気付き、アパスは順に語る。
「階位は悪魔の持つ欲望のことである。欲が強ければ強いほど階位は高くなる。そして冠位は階位から外れた絶対的な欲望、すなわち人間の三大欲求のことである。冠位は階位とは比肩できないほど強力なのだ。ワタシもその一人だが、なにせヒト一人が欲望の器に成りえないゆえ、今は中級階位程度の力しか出せない」
「じゃあ俺に勝ったオーディアは上級階位なのか?」
「はい、そのように位置づけられています。しかし所詮は階位……本来〝三大欲求の魔女〟と呼ばれる貴台には足元にも及びません」
アパスへの敬意を表すかのように、頭を下げて姿勢をさらに低くする。その態度はもういいと、アパスは赤面しながら面を上げるよう指示をする。
突然、光寛にあることが脳裏をよぎった。
「魔女? ってことはお前、女だったのか。悪魔に性別があるなんてな」
「「……」」
緊急事態に考える人の発言ではないとばかりに、悪魔二人だけでなく、紗枝でさえも絶句してしまった。
「光寛殿。それはさすがに鈍感すぎますぞ」
「ミツヒロ! お前には失望したぞおおおおお~‼」
(お兄ちゃんって、そういうところあるよね……)
脱線した空気を改め再開した会議の末、光寛たちは千歌の救出を試みるという答えを出した。
「しかしこちらにも危険が及ぶようであれば撤収し、様子を窺う。その都度作戦は臨機応変に指示する」
「そのお心遣い、感謝いたします」
オーディアは平伏を解き、さっそく目的の学校がある方向へ壁をすり抜けて飛んで向かった。
「じゃあ俺も向かうから、大人しく待ってろよ」
「何を言う。ワタシも行くぞ」
光寛はアパスの冗談だと思い振り返るも、今までになく真面目な顔つきだったため、小さく驚く。
「紗枝の体は契約に従い、ワタシが責任をもって守る。ミツヒロが一人で行って死なれては困るからな、同伴を許せ」
数秒の思考を経て、光寛は渋々頷いた。
「もし紗枝に何かあったら、俺はお前を許さない」
「わかっておる」
鋭く突き刺さる視線を受け止め、
「……行くぞ」
無言でアパスはついていく。
(私からも言っておくけど、お兄ちゃんに何かあったら契約なんて破棄だからね)
相思相愛の兄妹に、アパスは隠れて苦笑したのだった。
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