第12話 協力戦

 交差する剣戟。鳴り響く金属音。

 静けさに包まれた夜の街では、人知れず人間同士が戦っていた。

 短刀を右手に持つ長身の男。

 西洋騎士の鎧を身に纏う女子高生。

 二人は肩を並べ、剣を握る。


 対するは大鎌を担ぐ、顔に包帯を巻いた細身の男。月光を鋭く反射する鎌の大きな刃を自在に操る、まさに月夜に踊る死神のようだ。


「悪魔が二体~。つまり遊び相手が二人~……シっ‼」


 包帯の男は飄々とした足取りから、緩急のついた鎌の攻撃を繰り出す。

 振りかぶられた鎌の重い一撃を、千歌が大剣で受け止める。衝突する刃から火花が散り、両者の勢いは拮抗する。

 両者の動きが止まった隙を逃さまいと、光寛は得意の俊足で男の背後に回る。肉厚のダガーで男の両膝関節を抉る。


「ぎゃああああ‼」


 切り傷から黒い血が飛び散り、男は膝から崩れ落ちる。深くまで刃が入り込んだため、男は足に力を入れることができない。

 大剣と拮抗していた鎌は勢いを失い、男が倒れると同時に柄に添えられた左手を地に着ける。


「ギギギギ……貴様ら、これで済むと思うなよ?」


 歯軋りを鳴らし、負け惜しみの捨て台詞を吐き捨てる男を、光寛と千歌は見下ろす。戦闘不能の男に、千歌は大剣の切っ先を突きつけて言う。


「お前の知っている情報を全て吐けば楽に殺してやろう」

「どうせ死ぬんだろっ。だったら話すことはねえ」


 千歌は剣を男の肩に落とす。刃が腕の半ばまで達し、断末魔が響き渡る。


「質問だ。お前の悪魔はなんという〝欲望〟を階位に持つ?」


 男の様子を気にもせず、千歌は男に対して問いを投げる。


「ググッ……《遊戯欲》だ」

「お前はドミネリアの一味か?」

「し、知らない、そんなヤツ……」


 重苦しい質疑応答のなか、千歌は目を一層鋭くした。


「最後の質問だ。今まで何人、一般人を殺した?」

「……クヒ、クヒヒヒ」


 男はなぜか不敵な笑みを浮かべる。次第に肩が揺れるほど大きな笑いに発展する。


「夜遊びするガキ、泥酔した大人、浮かれたカップル。それはもう数えきれないなぁ~、ガッ……⁉」


 痛みを忘れて高笑いをする男の首に剣が突きつける。千歌の無慈悲な制裁を受け、男は絶命した。


「光寛、もう食っていい。私は帰る」


 尋問を静観していた光寛を一瞥し、千歌は纏っていた武装を解いた。紫の粒子に細分化され、制服姿の長髪の少女が現れる。


「いいのか?」


 光寛の問いに振り向かず、千歌はその場から速足に去る。

 黒髪を夜風になびかせる後ろ姿を、光寛は黙って見送った。



                 ***



《遊戯欲》の男を倒した帰途、千歌は男に対する怒りで我を忘れかけていた。髪を鬱陶しく煽る夜風でなんとか頭を冷やそうとする。


「ねえオーディア。貴方の言っていたことは嘘だったの?」


 怒りの矛先が向けられているような鋭い口調だ。

 矛先の対象とされたオーディアは、全身に纏った銀色の鎧をもとともしない動きで必死に否定した。


「嘘なわけないじゃないか。たしかに私は、光寛殿と手を組めばドミネリアと対峙する時が近くなると言った。しかし君が闇雲に使徒を殺すより効率は上がっている」

「今日で七連続ハズレ。ドミネリアのことを聞いても望む答えが出てこないなら、貴方のその【千里眼】は、使い物にならない駄作に成り下がるだけ」


 ため息交じりにオーディアの能力に疑いの目を向ける。

 千歌は自身の《秩序欲》に忠実だ。それは契約している悪魔オーディアに起因するものだが、千歌には悪魔の欲望に屈しない願望を抱えている。

 それこそが《支配欲》の悪魔、ドミネリアの撲滅である。


「ドミネリアを倒すまでは私は死ねない。それは貴方だってそうでしょう? まったく、が聞いて呆れる」

「と言われてもねえ。私はただ秩序のために動いているわけだから、疑うだけ無駄だと思わないかい?」


 ふと千歌が通りかかった細い路地から悲鳴が聞こえた。

 街灯が届かない闇の先に、少年が泣いているのだと気づき、千歌は躊躇いもなく路地に入った。


 現場に着くと、そこは人の酒の匂いで充満していた。ネクタイを外した中年のサラリーマンが、中学生くらいの少年を嬲っている。完全に酔った勢いで我を忘れているようだ。

 千歌は背後から男の手首と襟を掴み、背負い投げでコンクリートへ打ち付ける。腕を背中の後ろで固め、拘束するも、男は地面との衝撃で気絶していた。


「あ……ありがとう、ございます」


 血の滲んだ腫れた頬を抑えながら、少年は千歌に頭を下げる。


「貴方のためにしたわけじゃない。私の正義のため。勘違いするな」


 その後、警察が駆けつけて少年の保護と男の確保をした。

 短い事情聴取を終え、再び帰路を辿る。


「千歌。君がなぜ《遊戯欲》の男に怒りを見せたのかわかったよ」

「……その得意げな言い方、私はあまり好きじゃない」

「ハハハ。私にはプライバシーなんてものは通用しないからね」


 オーディアの言動が冷やかしに聞こえたのか、千歌はため息を一層強めた。


「まあ、悪魔に太刀打ちできない警察も、一応は治安維持には努めていることには感心した」

「それは国家様に対する皮肉でもあるけれどね」


 仄かに冷たいドアノブを、金属の擦れた音とともに開ける。

 誰もいないマンションの部屋で、千歌はいつものように炊事を始めた。


「誰もアイツを殺せないから私が殺す。この世の秩序なんてどうだっていい。ただ私の気が済めばそれで十分」

「わかっているさ。それが君の思い描く正義であるのなら、私は全霊で応えよう」

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