第11話 《支配欲》

 アパスの説得と千歌の説明によって光寛の暴走は止まった。冷静になり、千歌たちの協定について考えるとすぐに快諾をした。


「お前との契約を継続できるのなら問題はない。むしろ食糧に困らない天職じゃないか。是非とも協力させてほしい」

「まあミツヒロが何を言っても決定事項であることに変わりないが。その前にオーディアを克服しなければな」


 相変わらず宙に浮いている騎士を一瞥する光寛。味方だとわかれば恐怖は薄れたが、それ以前に自分を死の直前まで追い込んだ強敵なのだと考えると、どこかやるせない気持ちになる。


「それにしても意外ね。《食欲》の悪魔が私より弱いなんて。貴方、契約してどのくらい経つの?」


 一人だけ椅子に座る千歌は相変わらず高飛車な態度だが、光寛は気にせず答える。


「二ヶ月だ。毎日使徒と一体は戦っている」

「場数を踏んでいるとは言えないか。ある程度様になっているが、基本となる型がない。とくに短刀と身体の扱いが粗雑すぎる。戦っていて獣と錯覚したほどだ」


 あきらかな悪態を光寛はとくに気に留めない。しかし傍で聞いているアパスと紗枝にとっては許しがたい言動であった。


「おい千歌とやら、勘違いするなよ。たしかに今回は手も足も出なかったが、本気を出せばお前など【捕食者】の影で一口パクリ、ボリボリからのごっくんであるからな!」

(さっきから敢えて言わなかったけど、お兄ちゃんに対しても上から目線なら今すぐに直して! 協定破棄するぞー!)


 散々な言われようにも千歌は動じない。むしろオーディアの方が気が気でない様子だ。


「千歌! 今すぐ謝罪するんだ! じゃないと《食欲》様に殺されてしまうよ!」

「謝罪? それは正義に必要なことなの? そもそもこの立案は貴方が勝手に言い出したこと。本当にこんな奴らが《支配欲》に対等できる存在なのかが疑わしい」


 支配欲の言葉が出た瞬間、アパスの顔が強張る。手を顎に当てながら深刻そうに語り始めた。


「ドミネリアか……。どこかで聞覚えがあると思ったが支配と聞いて思い出したぞ。社会的で高次な欲望にして、上位階位支配欲。魔界でも独裁を広げる目ざとい奴だったな。正直、今のミツヒロでは歯が立たないかもしれぬ」

「冠位とやらをもつ悪魔が聞いて呆れるな。俺の実力が伴っていないのは事実だが、オーディアにはまるで歯が立ってなかったぞ」


 光寛は皮肉交じりにアパスの責任について言及する。

 呆れた物言いに対し、アパスは苦笑した。


「ミツヒロには本来の三割までしか力を引き出せないよう、出力上限を設けているからな。しかし上位の階位と対等に戦うのならば八割は必要であるな」

「じゃあ俺の制限を解いてくれ。これからオーディア以上に強い悪魔と戦うなら尚更だ」


 強い要求にアパスは首を振る。


「それはできん。《食欲》は冠位、そして人間では到底抗うことのできない強大な呪いでもある。それをミツヒロが制御して戦うのは、ほぼ不可能だ」

「しかし光寛殿は三割でも力を引き出せているのなら、《支配欲》の配下たちに太刀打ちできる力を持っていると思いますよ。なにせ我々の奥の手を見切り躱したのですから」


 騎士は鈍く光るヘルメットの中で笑うように言う。

「奥の手」という言葉で、光寛は例の攻撃の反射を思い出す。今でも判然としない現象の正体を問おうとしたが、腕を組んで黙っていた千歌が唐突に立ち上がった。


「話はもういい。協力をするというのなら勝手にして。もう帰って」

「千歌さん、君がドミネリアとやらに強い執念を抱えているのはよく分かった。俺も妹のために悪魔を喰わなきゃならない。これからよろしく頼む」


 頭を下げる光寛を見ても無骨な態度を貫く。また弦が強く張るように険しい顔つきを見せ、退出しろというように何も言わない。


「なにか連絡があればここに電話してくれ。じゃあ俺たちはこれで」

「オーディア、貴様の使徒を口が利けるように躾ておけ。さらばだ!」

(べーだ。次お兄ちゃんを怪我させたらただじゃおかないから)


 紗枝を含む一行が千歌の部屋から出ていく。

 机の上に残された電話番号を引き出しにしまい、千歌はオーディアを睨みつけた。


「私一人じゃ、ドミネリアに勝てないっていうの?」


 実体のない騎士に今にも掴みかかるくらいの怒気がこもっていた。オーディアは苦笑交じりに答える。


「彼らには《支配欲》と戦うべき動機がある。今は知らなくても、私たちが彼らに干渉すれば、近いうちに奴らに動きが現れるかもしれないだろう?」


 不本意に計画を進められたことに怒る千歌を宥め、オーディアは部屋の外へ通り抜けようとする。そこへ千歌が呼び止めた。


「……オーディア。彼らとドミネリアに一体どんな関係があるというの? 貴方にはすべてが見えているんでしょう?」


 壁の前で立ち止まり、騎士は本人たちの前で告げなかった真実を静かに語り始める。


「光寛殿と紗枝殿のご両親はドミネリアの支配下にあった。植え付けられた《攻撃欲》により半悪魔化とした両親を、光寛殿が殺めたのです。奴らの〝支配因子〟が少なくとも、光寛殿に潜んでいると考えられます」

「ということは……」

「奴らは追ってくる。部下を殺された独裁者の殺意の矛先は、常に彼を狙っているのだから」

 そう言ってオーディアは部屋の壁を通り抜け、暮色に染まる外へ彷徨い始めた。 

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