第9話 秩序欲との協定
「我々の助力だと?」
「はい。私とこちらの冷厳なる才女、千歌とともに、此の世に巣くう悪しき悪魔を懲らしめるのです。そして協力した暁として、倒した悪魔はすべて貴台の食欲の糧に差し出します」
これ以上ないほどアパスにとって好条件であった。しかし裏があるに違いないとすぐに頭を振る。
「ワタシも舐められたものだな。第一ミツヒロを圧倒する実力を有しているというのに、これ以上の戦力をつけてどうするつもりだ。よもや世界を征服しようというつもりではないだろうな?」
オーディアに鋭く詰問をするが、しばらく口を噤んでいた千歌と呼ばれる女が答える。
「そんなつもりはない。私の欲望は悪の殲滅。この男の実力と目的が、私たちと対等な関係を続けるのに即していると判断したうえでの進言。他意はない」
切れ長の目でアパスの不信感を愚問に伏す。霧が払われたようにアパスの中の疑いは根本から晴れた。しかしそれでも信用していいものかと踏みとどまる。彼らは同じ悪魔、アパスと同じく悪魔の血を食って生きる存在だからだ。
(アパスちゃん。どうするの? 私はあんまり信用できないかも)
(それはワタシも同感だ。しかしミツヒロを生かしたままなのは、こちらの承諾を強制するためであろう。だとすると迂闊に断ることもできぬ)
「お二方、私に丸聞こえですよ。精神体は霊体化した私と近しい存在故、プライバシーは保証しかねます」
アパスは観念の臍を固め、本音をぶつける。
「……では聞く。ワタシたちがそちらの要求を断ればどうするつもりだ」
千歌は抑揚のない話し方で、しかし怜悧で奥底にある冷気を放つように言う。
「どうもしない、というわけにはいかない。私は悪魔一般を〝悪〟と認識している。同時にそれは世間体でもあるからだ。娘の方に聞く。ここ一年で悪魔と契約した人間の数は国内でどのくらいいると思う、答えてみろ」
紗枝は数秒の思考をし、共有化された自身の口で答える。
「一年で五百人くらい?」
「十万人だ」
失笑とともに突きつけられた桁の違いに、紗枝だけでなくアパスも言葉を失う。
「正しい反応だが、まさか悪魔でもこの数には驚くなんて」
「いや、いくらなんでも多すぎるぞ! 第一そんなことをどうやって――」
そこまで言うとアパスはなんとなく察しがついた。千歌の横に佇んでいる騎士の能力。
「《秩序欲》はこの世の秩序を正すための欲望。偽善上等の悪魔らしからぬものです。私の能力【人民調査】で秩序全体の状況を把握することは容易い。貴台らの来歴も閲覧済みです。よってプライバシーは全く保証しかねます」
それからオーディアは、その能力の証明とばかりに光寛と紗枝の過去をした。
「両親の虐待から体を張って妹を守る兄、そして妹はその兄に対して密かな恋慕を抱く。しかし妹は感情に正直になれない。悪魔の手を借り、今度は自分が兄を守ろうと――」
「わかった! わかったからもう言わないで!」
本人の前で初対面の悪魔がプライバシーを暴露される状況に、紗枝は赤顔を晒す。オーディアの口を塞ぎに行くが、霊体の彼には触れない。狼狽する紗枝を見てオーディアは満足したように笑う。
「では話を戻します。悪魔の急増の件ですが、これにはある悪魔の存在が関わっているのです。その悪魔の名は――」
「ドミネリア」
千歌はオーディアの話に割って入る。しかし彼女の表情はただ殺意に満ちていた。
「《支配欲》の悪魔。人間と悪魔との契約を強制的に締結させて使徒にする。増やした使徒を傘下にして日本全土を悪魔で支配しようとするのが奴の野望。この町にも奴の手が迫っている」
彼岸花のように長く鋭い睫毛が細かく揺れ、彼女の充血した目は火花を散らすようだ。
「私の悲願は奴を葬ること。そのためなら、私は世間から邪険な存在である悪魔のまま死んでもいい」
アパスと紗枝はその場に縛られたように千歌の言葉を聞いていた。もはや話の真偽を見極める必要もないほど、彼女の発言には熱が入っていた。
アパスは紗枝と精神を介して頷き合う。
「……わかった。お前の気概、とくと理解した。光寛にはワタシから伝えてこう」
アパスは協力の証として右手を差し出す。一方の千歌は腕を組んでアパスの手を取ろうとしない。
「私は馴れ合いを望んではいない。承諾したのならそれでいい」
「すみませんうちの千歌が。正義に憧れたばかりに厭世的な女の子に育ってしまったみたいで」
保護者の対応のようにオーディアは庇い、千歌はそれに反発する。なんだか本当の親子みたいだとアパスと千紗は微笑ましく見ていた。
「まあこれだけ騒がしくしておれば、ミツヒロも馬鹿げた夢から覚めるであろう」
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