第3話 悪魔アパスは飢えている③

「ただいm」

「おかえりなのだー‼」


 光寛が家に帰ると、玄関を開けたと同時にアパスが飛びついてきた。


「お疲れだったなミツヒロ~。おかげでワタシはいい食事を楽しめたぞ。褒めて遣わす」


 随分と上機嫌なアパスの労いを受け流し、光寛は暖房の利いた部屋に向かう。

 アパスは悪魔の血で腹を満たすと泥酔状態になる。その絡みがあまりにも疎ましいため、迅速に寝かせつけなければならないのだ。


「おーい聞いているのかミツヒロ~。帰ったらまずはなんだ。風呂が先か? 夕飯が先か?」

「飯は今作るからちょっと待ってろ」


 邪魔くさいアパスを引きはがそうとするも、紗枝の身体を傷つけてはならないと思い、抱き着かれた状態のまま台所に立った。


「いや、これは合法的に紗枝の体と密着できる絶好のチャンスなのでは……」

「お前はまったくのシスコンであるなあ。なんならワタシと口づけでもするか~?」

(アパスちゃん、その意気だよ! もっとお兄ちゃんにアピールしちゃえ!)


 酩酊な脳みそはアパスの正常な判断を鈍らせる。今朝は躊躇が邪魔をしたが、タガの外れた今ならば、誘いの言葉も恥ずかしげもなく口にできる。


「紗枝の純潔は俺の口で汚したくない。お前はさっさと別腹満たして寝てろマセガキ」

「なっ、ガキ……だと⁉」


 アパスは突きつけられたパワーワードに狼狽して腕を解いてしまう。


(お兄ちゃんってばワタシのことを思って……って、キモいし! いつまでも子ども扱いしないで! ふんっ!)


 紗枝は相変わらずブラコンであることを自覚していないようである。

 倒れたアパスをテーブルの方へと座らせ、光寛は仕度を始めた。


 夕食を終えたアパスは満腹による睡魔で、テーブルに突っ伏している。その様子を見た光寛はため息をついてしまう。


「たく。お前は食っちゃ寝ての暮らしばかりだな」


 紗枝の身体を雑に扱うなよ、と呟きながら、アパスを抱えて寝室まで運ぶ。寝息をたてる妹の顔を優しく擦りながら、光寛は額にそっと口づけをした。


「明日で休みか。それまでに十二分に使徒を食わないと休日の意味がない。明日は夜まで狩るか」


 大きな背伸びをしながら紗枝の部屋を去る。残されたのは布団にくるまって悶えているアパスだけだ。


「ミツヒロよ。そういうところだぞ……まったく」


 横抱きをされたあたりからアパスの酔いは覚めていた。自身が運ばれていることに気づくも時すでに遅し。男の筋肉質な肌が衣服越しに伝わり、肩を掴む握力に心臓が激しく脈を打つ。今更目を覚ましたとも言うと気まずくなるため、アパスは空寝を装った。

 そして口づけの場面に戻る。額ではあったが、光寛からされたことにアパスはただならぬ興奮を覚えた。


(今のは妹の私に対してのキスだから、勘違いしないでよね)

「わ、わかっておる。がしかし、ここまで心臓が五月蠅いと眠れないぞ……」


 紗枝は苦笑交じりにアパスを労う。


(でもよかったね。お兄ちゃんからキスしてもらえたよ。明日からはアパスちゃんの方からできるといいね。もちろん、悪魔なんだからできるでしょ?)

「と、当然であろう! ようやく人間の身体に慣れてきたところだ。今度こそワタシの手でミツヒロを篭絡してみせるぞ!」


 ベッドの上で一人、正確には少女と悪魔がこそこそと計画を企てていた。

 夜の帳は下りたばかりだ。

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