亡者の迷宮

シンカー・ワン

死霊術師と生ける屍軍団

 別に大層な目的があったわけではない。

 ただ訛った身体のさび落としをしようとしていただけ。

 大金を手にしたことでしばらく冒険をしていない、以前の状態に戻すためのリハビリ。その程度の心構えで挑んだダンジョン。

 現れる怪物や魔物もそれほど強力なものはいない、新人ルーキー向けだと言われていた。

 既に常連レギュラークラスと認定されている忍びクノイチたち一党パーティには、温いといえるほど。

 実際、上層の敵は忍びと熱帯妖精トロピカルエルフのふたりでなぎ倒してしまい、後衛の女魔法使いねぇさんはひとつの呪文も唱えずじまい。

 だが、中層を過ぎた辺りから様相が変わってきた。

 不死系の魔物アンデッドが次から次へと湧いてくるのである。

 同系統の魔物で占められている迷宮もあるが、このダンジョンは違う。低級の怪物や魔物が何種類も出ることもあっての新人向け。

 事前の情報と違うことに疑問を持ったまま一党は下層へと進み、そこで不運バッドラックと直面する。

 ダンジョン最奥の玄室に居たのは邪神崇拝の死霊術師。

 おどろおどろしいローブに身を包み、まじないの刺青が肌のあちこちに彫られた、いかにもと言った怪しい風体をしていた。

「ぐぬぬ、ルーキー向けすぎて上層までしか人のこないことを利用して、邪神様のために不死軍団を作ろうとしたが、もう嗅ぎつけられてしまうとは」

 頼まれもしないのに勝手に目的を語ってくれる死霊術師。

 強い自己顕示は自信の裏付けからなのか、はたまたただのトンチキか?

「知られたからには仕方ない。貴様らも栄光ある邪神様の不死軍団に加えてやろうぞ!」

 そう啖呵を切った死霊術師、手にした禍々しい装飾の施された杖を振るって何やら怪しげな呪言を唱えた。

 邪なる気配が立ち込めるとあら不思議、石造りの玄室の床やら壁やらから湧いて出て来たは腐乱した狗頭コボルド小鬼ゴブリンら、亡者の群れ!

「我が生ける死者リビングデッド軍団に生きたまま貪り喰われるがいいっ」

 急展開についていけず置いてけぼり感のあった冒険者一党だったが、眼前に腐乱死体の群れが現れ襲ってくれば、さすがに我に返る。

 女魔法使いは広範囲呪文を唱えるための精神集中に入り、無防備となる彼女を守らんと、忍びと熱帯妖精がそれぞれの獲物を振るって迫りくる亡者を迎え撃つ。

 苦無が踊り断たれた首が宙を舞い、暴風のような槍の横殴りに砕かれ飛び散る屍たちの身体。

 数の暴力で迫る腐乱死体たちであったが、いかんせん戦闘力が違い過ぎ、一方的になぎ倒されていった。

「ぐぬぬ……ええい、ならばこいつはどうだぁッ」

 旗色の悪さを悟った死霊魔術師が杖を掲げて切り札を呼ぶ。

 玄室中央に浮かび上がる転送魔法陣、眩く光るその中からゆっくりと現るのは、なんと岩巨人トロールの程よく傷んだ死体。

 数に対応している忍びと熱帯妖精に一瞬焦りの色が浮かぶ。腐っても巨人族、恵まれた体躯から繰り出される圧倒的な暴力は状況を変えてしまう危険がある。

「ハーッハッハ、原形もとどめぬほどぐちゃぐちゃされるがいいっ」

 高笑いが響く。死霊術師の逆転成るか? と思われたその時、

「その前に消し炭ですよ。――猛炎フェロカ・フラモ

 冷ややかな声で真言魔法が唱えられ、炎と熱風が玄室を覆いつくし、亡者の群れも岩巨人の腐乱死体も死霊術師も、忍びたち一党以外はすべてが焼き尽くされた。

「ふ~、やれやれだ」

 床に立てた槍にもたれかかって熱帯妖精。さすがに疲れが見える。

「助かりました女魔法使いねぇさ……ん?」

 忍びが振り返り礼を告げようとするも、女魔法使いはささっ距離を取って、

「……ふたりとも、とりあえず着替えた方がいい」

 笑いを堪えるような残念なものを見るような、なんともいえぬ表情でふたりに告げる。

 言われて自分の身体を見る忍びと熱帯妖精。

「――っ」「……うぇ~」

 彼女たちの全身は亡者たちの残滓、腐肉と腐汁にまみれ、そりゃあもうぬとぬとのぐちゃぐちゃで。

「……神官がいれば "浄化" の奇跡で一発なんですが……ないものねだりですね」

 ふたりの様子を遠目から愉快気に女魔法使い。

 互いに見合い乾いた笑いを浮かべる忍びと熱帯妖精であった。    

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