ぐちゃぐちゃの季節

ハスノ アカツキ

ぐちゃぐちゃの季節

「ついに完成だ」

 博士は震える声で呟いた。

 全身もよろよろと震えが来ている。

 連日の無理が祟っているのだろう。

 今にも倒れてしまいそうだ。

「やりましたね、博士」

 博士の隣でヒヨコも嬉しそうにぺちぺちと拍手を送る。

 いや、よく見ると本物のヒヨコではない。

 ところどころ糸のほつれが見てとれる。

 喋るヒヨコのぬいぐるみだ。

「で、何ができたんですか?」

「お前そんなことも知らずに拍手してたのか。これは世紀の大発明だぞ。これはな」

 博士は大あくびをしながら答える。

「これは何でも混ぜられる装置だ」

「何でもと言いますと?」

「とにかく何でもだ。例えば」

 博士は装置の蓋を開けたものの、そのまま考え込んでしまった。

「この世紀の大発明をお前に説明してやりたいが、今は頭が働いておらん。少し休息を」

 と、言い終わる前に博士は眠ってしまった。


 博士が起きたのは、丸一日経った頃だった。

 何かが焼ける音と香りに目覚めた博士は、台所へと向かった。

「あっ、博士! そろそろ起きる頃だと思っていましたよ。随分お疲れでしたね」

 台所ではヒヨコのぬいぐるみが料理を作っている。

「大発明記念日ですから、特別なハンバーグを作りましたよ」

「お前はそんなことまでできるようになったか」

 博士はヒヨコのぬいぐるみに命を吹き込んだ日を思い出していた。

 最初はピヨピヨ鳴くこともヨチヨチ歩きも何もできなかった。

 実験失敗。ぬいぐるみのままか。

 そう思ったとき、ぬいぐるみはパチンと瞬きをした。

 2度、3度。

 生きてますよ、生きてますよ。

 小さな体で一生懸命、博士に訴えかけているようだった。

 それから博士はいろいろなことを教えた。

 歩けるようになり、飛べるようになり、言葉を話せるようになった。

 やがてヒヨコは博士の研究を手伝うまでになった。

 手伝うといっても、研究はあまりに難し過ぎるので疎かになっている家事全般だ。

 そして今、何とも食欲をそそるハンバーグを完成させた。

 博士は感動を噛みしめていた。

「命の生成に成功した後は、時間の操作までできるようになったか。もはや神の領域だ」

「時間の操作?」

 ヒヨコはハンバーグを博士の前に出しながら問いかけた。

「あの装置はな、何でも混ぜられるんだ。時間でも空間でも何でもな」

 博士はハンバーグをほうばりながら答える。

「実験が成功した暁には、この世から冬がなくなるぞ。冬は寒いから、春と秋でぐちゃぐちゃにしてやる。過ごしやすくなるぞ」

「え、何でですか。博士、冬にこたつでみかん最高って言ってたじゃないですか」

「まあ最高なのは確かだが。でもヒヨコは寒いのは得意じゃないだろう。お前が過ごしやすい世界を作るのがささやかな願いだ」

「博士……」

 ヒヨコは博士の胸に飛び込んでピヨピヨ鳴いた。博士も感極まり、一緒におんおん泣く。

「あ、でも自分はぬいぐるみなんで寒いの平気です」

「え」

「だから、博士の好きなように使ってください」

「お前……」

 また2人は抱き合って泣いた。

「そこまで言ってくれるなら、そうさせてもらおう。さあどうしようか」

「博士がとうとう神になる日ですね」

「そうだな、莫大なエネルギーを使うから1度しか使えないし、さてどうしたものか」

「え」

 ヒヨコが一気に青ざめた。

「博士、今、何て」

「ん? あれは時間でも空間でもぐちゃぐちゃにしてしまうからな。使うエネルギーが莫大で1度使ったら次に使えるのは10000年後だ」

「さっき牛肉と豚肉混ぜちゃいました」

「はぁ!?」

 博士も青ざめて装置を見に行く。

 装置の蓋を開けると、中は挽き肉の脂がべっとり付いていた。

「博士お疲れだったから、自分の大発明で作ったハンバーグでお祝いしようと思って」

「このあほヒヨコ、とりつくねにしてやろうか!?」

「ひぃい、すみませんすみません!」

 博士はがっくしうなだれた。

 ヒヨコは何も言えなかった。

「こたつ」

「え」

 博士はたった一言発した。

「こたつ出して一緒にみかんだ。今年も来年も、必ず一緒にだぞ!」

「博士……」


 こうしてヒヨコのおかげで、季節は今も4つなのでした。



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ぐちゃぐちゃの季節 ハスノ アカツキ @shefiroth7

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