本と燭台


「ここが食堂だぜ~」

 

廊下の置時計に意識を移したシャトーが2階のドアの前で止まった。


「いや~久しぶりだなあ。おかげで掃除に手間取っちまった」

 

掃除したのか、俺が着替えているときに。もしかして、居住空間以外掃除しない感じか?


「ここ、ひろい!そうじ、たいへん!」

 

やっぱりそうなのか。大変と言えば大変だよな。ここよりも狭い王宮ですら、40人ぐらいでやってるんだ。魔術があると言えど大変なものは大変何なんだろう。


「どうせ使わないんだし、めんどくさいしな」

 

怠惰かい。分からないでもないが、怠惰かい。


「まあま、入ってくれよ。楽しい食事の時間だぜ~」

「はいる!」

 

 待て待て、今使ってないって言ったよな?この人たち......あ、城は食べないか。オーガは食事はどこでしてるんだ?部屋でするって言った手、作るのは此処だよな?そもそも、獣人って、食事するのか?


 オーガが扉を開け、促されるままに中に入った。


「.......広いな。」

 

 目の前にはだだっ広い空間と、30人は平気で座れるほどの長いテーブルがど真ん中に置かれていた。テーブルの上に等間隔に置かれた燭台はまた掃除のし忘れなのか、蜘蛛の巣が張っていた。


「座る!」

 

オーガが一番奥のステンドグラスで飾られた窓の下 ―つまり、通常王様が座る場所― を指さした。なぜわざわざそこを選ぶ。


「いっしょ!」

 

ああ、成程。隣に座りたかったのか。長い辺に座ろうとすると、どうしても広めの空間が空くからな。

 少し歩いて席に座ると、どこから持ってきたのか分厚い本に意識を移したシャトーがふわふわとやってきた。


「よーし! それじゃあ、朝ごはんだ~!」

 

おお、本でも食べろと。さすがに人間の生態ぐらいは知っているよなあ?


「なあ、それ、どうするんだ?」

「まま、リリス坊。任せときなって!」

 

誰に?何を?


 俺の心配をよそに、シャトーはオーガの元へと飛んで行き、ぱらぱらとページをめくった。


「そーうだなあ.......朝だと.......このへんか?」

「ここ?」

 

 何かを指さしたオーガにそーだそーだ、と言うシャトーは、オーガに本を持たせ近くの燭台に意識を移すと、俺の元へと近付き、楽しそうに言った。


「じゃ、朝ごはんの時間だぜ~。瞬き厳禁、ってな。」

「?」

 

何のことだがよく分からない俺を置いてきぼりにして、シャトーがオーガに指示を出した。


「よし、じゃ、頼むぞオーガ!」

「ん!」

 

オーガが先ほどのページに触れ、何かをもごもごと唱えた。唱え終わると本を閉じてテーブルの上に置き、何もないところで手をパン、と叩いた。


「これは.......!」

「どーだリリス坊! 朝ごはんの完成だ!」

「あさごはん!」

 

 オーガの手元には、パン、ミルク、果物と、生野菜が皿の上に置かれていた。まさしく絵にかいたような朝ごはん。宮廷給仕人以上王族未満、と言ったところだ。


「今まで何もなかったはず.......?」

 

 まさか、と言うかほぼ確定で本の絵から出したのだろうか。オーガの隣に置かれた本のタイトルを見ると、古い字で「世界の食事」と書かれていた。


「ささ、冷めないうちに食べてくれ」

「りりすたべる!」


 可愛い竜王おーがが尻尾を振りながらこちらを見てくるので、俺は取り敢えずフォークを持ち、生野菜に手を付けた。これ、鮮度大丈夫だよな。見た目は瑞々しいが、おそらく魔術である以上、見かけだけ、と言う可能性もある。恐る恐る口に運び、飲み込んだ。


「..........おいしい.... ?」

 見た目のままの瑞々しさだった。試しにパンも一口口をつけるが、変な味はしない。それどころか、いつも食べている者よりも格段に美味しかった。


「満足してくれたか? リリス坊」

「りりす、まんぞく?」

「ああ、十分だ。久々にマシなものを食べた気がする.......」

 

 取り調べの時は草か何だか分からないぐらいのものだったし、昨日もオーガに会う前に食べたあのパンだけだったからな。



 その時、俺はあることに気が付いた。



「シャトーはともかく.......オーガは食べないのか?」

「うん?」

 

オーガが用意したのは俺の分だけ。オーガは俺を見ているが何も食べていない。

............そういえば、シャトーが「しばらくここは使っていない」と言っていたな。まさか、獣人というのは.......


「あー…それか。オーガ、と言うより獣人はな、食べなくても生きていけるんだ」

「オーガ、たべない、へいき!」

 知ってた。食べなくても平気なんだろう?もうこれぐらいじゃ驚かなくなった自分が怖いのだが。


「.......?」

「たべる.......?」

 

食べなくてもよい、という事は別に食べてもいい、という事だろう。自分が作った(?)ものの味ぐらいは知っておいてもいいはずだ。


「別に食べても問題はないぜ~。どうだオーガ、この機会に一口、食べてみないか?」


口調が悪徳商人みたいになってるぞ。


「..........たべる。」

 

オーガがそう言うと、パンを両手で持ち、そっと口へ運んだ。俺と燭台シャトーが見守る中、パクリと一口口に入れた。


「!!」

 

まず目を見開いた。そのあと、耳がものすごく揺れた。


「おいしいか? オーガ」

「ん!」

「そーか、おいしいか~。よかったな、オーガ」

 

人間の食べ物が口にあったようでよかった。



 その後オーガは、俺の手付けずのパンと果物をペロリと平らげた。

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