乙女の誓い
「そんなこと、絶対にありえません!私が証明して見せますわ!」
私はそう叫ぶと、勢い良くドアを閉め、部屋から出て行った。ドアの向こうから私を呼ぶ声が聞こえたが、お構いなしにずんずんと廊下を歩き、自分の部屋に入った。
「信じられない.......」
ガチャリと部屋の鍵をかけた私は近くの椅子に座り込んだ。机の上には無造作に置かれたとある事件の報告書。私が起こっているのはこの事件についてだ。
「リコ、慰めてくれるの?」
愛猫のリコがベッドから起き上がるとするりと私の膝に収まった。猫に言っても仕方ないけど、この際だから聞いてもらおう。今回の事件と私の怒りを。
「リコ、私の話を聞いてくれる?」
リコは返事をするかのようにニャー、と一声鳴いた。
「リリス様がね、追放されてしまったの。しかも濡れ衣よ。リリス様はあんなことしない」
私はリコを撫でながら机の上の報告書に目をやった。
「お父様の毒殺なんて、絶対に」
事件が発覚したのは3日前。城の医務長の言葉だったそうだ。リリス様が猛毒を持つ薬草を持っているとのことで、直ちに捜査が入った。見つかった薬草を医務省の研究者が調べたところ、この地にはあまり見られない猛毒を持つ草だという事が判明し、リリス様は即刻取り調べを受けた。
「リリス様のお姿を見ないと思ってたら、そんなことになっていたなんて.....」
勿論お父様や私たち王族に知れたら大変なので、家臣の間で秘密裏にしかるべき措置が取られた。重大事件でありながら、取り調べ期間はたった2日。
「その結果が追放よ!?」
私は今日の正午ごろにうっかり兵が口にしていたのを聞いて問い詰めて知った。初耳だったからかなり驚いたけれど、しっかり脅したら全部話してくれた。
「リリス様は高名な術師よ!仮に、仮によ、考えたくはないけど、仮にお父様を暗殺しようとしていたとしてもよ、毒殺なんて痕跡が残る方法をなんか使わずに、魔術を使ったほうがよいではないですか!」
この事件を知ったときに私が抱いた一番の疑問はこれ。リリス様は若くしてこの王宮に入られた、天賦の才をお持ちの方。わざわざ毒草を取り寄せてまで毒殺するとは思えなかった。そんな事すればすぐにばれるのは私にだってわかる。
「それに、取り調べ期間が短すぎるわ!こんなに重大な事件なのには早く終わらせたい、みたいじゃない!」
さらに、あまりにも短い取り調べ期間を聞いて、私の疑念は確信に変わった。
「リリス様はきっと陥れられたのよ。リリス様を妬んでいる方はたくさんいらっしゃったから、誰かに濡れ衣を着せられたのだわ」
若くして天才、有名な医者の息子、おまけに高度な魔術も使える。こんな方が妬まれないはずはない。恐らく、リリス様を妬む複数の人が結託して企んだに違いない。
「リリス様はお優しい方よ。毒殺なんて、するような方ではないわ!」
日々の職務以外にも貧しい人の治療をしたり、兵の怪我を治したり、子供たちに薬草について教えたりしている姿をよく見かけた。私にも親しくしてくださった。私にはどこに動機があるのか全く分からなかった。
コンコン、と扉をたたく音が聞こえた。
「エミリア様、お手紙をお持ちいたしました」
聞きなれた家臣の声がした。どうせ手紙なんて、いつものアレに決まってる。
「宛名は?」
「は、ブライアン家の侯爵様、同じくダニエル家、ムーティア家......」
やっぱり。私は王族でこそあるものの、オルフェノ家の第6王女。正妻との間の子とは言え、地位がそう高い訳ではない。だから城を自由に歩いたり、リリス様と親しくしたりできる、というところもあるのだけれど。
「全部捨てて頂戴。どうせ宴やダンスパーティーへの招待でしょうから」
「は、はあ......しかし、ご覧いただくだけご覧いただかないと.... 」
「じゃあ、部屋の前の投函箱にでも入れておいて」
「かしこまりました」
家臣が去ってから、はあ、とため息をついた。
「どこの娘も、こんな感じよね.... 」
地位は低いと言えど王家の娘。しかも正妻の。貴族が飛びつかない訳はない。特に要職に就く者からの手紙がしつこい。そんなに会いたいなら自分で会いに来るぐらいの根性はないのかしら。
「どうせ出世に利用したいだけでしょうけど」
私はリコを抱いて立ち上がり、窓に向かって歩いてた。まあ、所詮第6王女の使い道なんてそんなものだろう。2つ上のお姉様も有力貴族のもとへ嫁いで行った。次は私の番。そういう事だろう。
「私にも選ぶ権利はあるはずよね」
窓を開けると、柔らかな風が吹き込み、月明かりで部屋が照らされた。
私にだって意思はある。出世がしたいだけの貴族に嫁ぐつもりは勿論無い。私が好いた方と一緒になりたい。
「リリス様はご無事なのでしょうか.... 」
追放されたものはどこかもわからない辺境へ降ろされ、多くの者は野垂れ死ぬか、獣に襲われると聞いた。そんなところにリリス様を留めておく訳にはいかない。
「待っていてくださいリリス様。リリス様の無実は、このエミリア・オルフェノが晴らして見せますわ!」
私はそう胸に誓った。
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