耐性と眠り


「ハハハハッ......ふう」

 

どんだけ笑っているんだこのお城は。オーガが辞書持って来て「追放」と「毒殺」と「冤罪」を調べ終わったぞ。


「いやーすまんなリリス坊。今までに何人もこの森に冤罪人は来たが、そんな大それたことをしたことにされた人間は初めてだ。」


そりゃあどうも。


「今までって......何人ぐらい来たんだ?」

「知らんな!」


知らないのか。いや、忘れたのか......?


「べ、別に忘れたわけじゃないぞ。ちょーーと、思い出せないだけだ。うん。」


それを忘れたと言うんだ。それを。


「ま、でもな、ここまで来れたやつはいないからな~。大体声が聞こえるのと、術にかかったやつしかいないしな。」

「術?」

 

 偵察の術か?だが、これほど広範囲となると、かなりの力を要するはずだが。自称現役の巨大な築推定二千年のお城なら可能なのか?


「ああ。オーガがかけてるんだぜ~。なっ!」


シャトーの言葉にオーガは頷いた。


「オーガ、まじゅつかける、ひと、はいる、わかる!」

 

そっちかーい。まさかとは思ったが、幻獣族は魔術も使えるんだな。多分、かなり高度な。


「すごいだろ。オーガは大体の魔術は無口頭で使えるんだぜ!」

「オーガ、まじゅつつかえる!」

 

オーガが胸を張った。無口頭、か。俺も多少の魔術は無口頭が可能だけれど。どうせ数学がバグってるお城だから、大体って言っても、俺の知らないものまで入っているから、万はいくんだろうな。数学がバグってるから。


ところで、俺は1つ聞きたいことがあるんだが。


「そんなに術が使えるなら......なぜ自分で治せなかったんだ?」

 

 あの時オーガは多分、ここへと向かっていた。その前に回復魔法なり何なりで治療できたはずだ。なぜそのまま帰ろうとしたのか、それが不思議だった。


「あーそれはな......」

「オーガ、たいせいある、なおせる!たいせいない、なおせない......」

 


 尻尾がまたしょぼんと垂れた。耐性か。どうやら幻獣族は特殊な術を使うみたいだな。 


「つまり、攻撃されるもの1つ1つの対して耐性魔術か何かを身に着けていく、という事か?初手耐性か。」

「まあ、そんな感じだな。細かく言うと、魔術と言うよりは、抗体みたいなやつを生成するんだ。魔術と同じようにな。そうすると、オーガには二度とその攻撃は効かない。ま、そういうことだ。」

「成程.........?」

 

獣医は専門外なんだ。よくわからんが二度と効かないってことだな。


「多分、オーガはその時素材を探してなんだよな。抗体を作るために。」

「ん!」

 

そういう事だったのか。確か、道端には毒消しに使えそうな薬草が生えていたな。


「そこを、リリス坊が助けてくれたんだ。.........あ、安心してくれ。抗体は治療されてもつくからな。もうオーガにあの毒は効かないぜ~」

「オーガ、どく、だいじょぶ!」

 

シャトーは壺を使ってオーガといえーい! とハイタッチ(?)してるが、今研究者の努力と冒険家の金を踏みにじるようなことを言ったな。サラッと言ったぞ。威力のある毒を作るのに何年かかると思っているんだ? 俺がその研究者だったら泣くぞ。



「ま、とにかく、オーガを助けてくれてありがとな!家がないんだったらここに居てもいいんだぜ?オーガも俺も歓迎するぞ!」

「りりす、ここ、いる!オーガとくらす!」

 

それはありがたい話だが、毒殺計画で国を追放された医者と国の冒険家の討伐対象の幻獣と生活となると、別の問題が生じる気がするが.........


「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおう。今日から世話になる」

 そう言った途端オーガの顔がぱあっとゆるみ、ベッドから起き上がると、狼の姿で抱き着いた。


「おっと......そんなに嬉しかったのか?」

「りりす、いっしょ! オーガといっしょ!」

 

相変わらず千切れんばかりにモフモフの尻尾を振っている。人間と暮らせるのがよっぽど嬉しいのか、それとも誰かと暮らせることが嬉しいのか、オーガはしばらく離れなかった。



「そろそろ夜も遅いしな、諸々の案内は明日にして、今日は就寝と行こうじゃないか、リリス坊」

「それが、いいと思う。オーガも寝てしまったし」

 


 俺は今しがた引き離してベッドに寝かせたオーガを見た。あの後突然動きが止まったかと思ったら、そのまま寝てしまったのだ。いわゆる「寝落ち」か。


「さすがにオーガと同じベッドじゃ狭いから、隣の部屋に案内するぜ~」

 今度はソファに置いてあったクッションに意志を移したらしいシャトーが、ふわ~と浮き上がり俺の横に並んだ。


「じゃあ、ドアを開けてくれ。これじゃあ開けられないからな!」

 じゃあなぜクッションにした。せめてドアノブを掴めそうなものに移ってくれ。

 俺が言われたとおりにドアを開け、先程の廊下に出ると、シャトーの声がした。

「んで、ひとつ左の部屋だ。さっき急いで掃除したから綺麗なはずだ」

 

 言われたとおりに部屋のドアを開けると、オーガの部屋と変わらないほど整った、綺麗な内装が見えた。変わらない、と言うよりはほぼ同じ、と言ったほうがいいのだろうか。急いだというだけあって埃が少し残っていたがまあ、問題はない。俺は荷物をソファに置くと、上着を脱ぎ、ベッドに寝ころんだ。


「どうだ~?気に入ってくれたか~?」

 

部屋にある絵画から声がした。もう当たり前になってしまったが、普通に考えたら軽くホラーなんじゃないだろうか。


「ああ、十分だ。.............こんな部屋がいくつもあるのか?」

「ああ。この廊下の突き当りまでずっっっっっとこれだぞ。百人住んでも大丈夫、ってな!」

 

百人どころじゃないだろ。これがまだ3階分はあるんだろう? 一体どんな規模なんだ?


「リリス坊も長旅だっただろう? 疲れただろうからゆっくり休んでくれ。朝はオレが起こすからな!」


いや、自分で起きられるので、結構です。


「じゃあ、ゆっくりな~」

 

シャトーの声が消えた。恐らくこの部屋にはいないだろう。プライベートが駄々洩れだと思っていたが、分かっているのか。

 

 俺はふうと息をつき、上を見た。

 長旅ではないにしろ、今日は(精神的に)疲れた。シャトーもああ言っていたし、オーガも寝た。諸々の事は明日、と言っていたから、明日も忙しくなるのだろう。


 そんなことを考えていると、俺は自然に眠りについた。

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