目覚めと家
獣人の指が、ピクリ、と動いた。白衣の上で、ゆっくりと目を開いた。
「.....?」
「目が覚めたか?」
獣人は状況が読み込めないらしく、赤い目をきょろきょろとしている。
「傷の方は大丈夫だ。さっき、治療した」
「!」
ゆっくりと起き上がった獣人は、手、背中、脇腹をポンポンと触り、驚いたようだった。
「毒そのものは強くなかったが......傷が多かった。集団で襲われたのか?」
そこまで言ってから、俺の頭にふと疑問がよぎった。
獣人は、人の言葉は分かるのだろうか。もしかしたら、意思疎通を図ろうとして近付いたら襲われたのではないだろうか。
「あ、えーと、言葉、分かるか?」
俺がゆっくりと尋ねると、獣人がガバッと立ち上がり、俺にずいっ、と近付いてきた。
「......にんげん?」
「は?」
「にんげん、たすけた?」
助けた、というのは自分を、という事だろか。カタコトだが、言葉は通じるようだ。
「ああ。君を治療したのは、俺だが」
それを聞いた獣人の顔が、ぱあっと綻んだ。
「にんげん、たすけた!オーガ、たすけた!」
そのまま俺に抱き着いた。
「おっと!......」
かなりの勢いで飛びつかれた反動で尻餅をついた。獣人はお構いなしといったようにニコニコしている。よく見ると、尻尾もブンブンと揺れていた。
......めっちゃ喜んでるな、これ。尻尾といい抱き着き方といい、子犬みたいだ。
近くで見ると可愛い顔をしている。俺よりも年下、十代半ばの少年のようだ。少し長めの黒髪に、赤くてくりくりとした目。整っている、というよりも愛嬌というか、可愛げがある。尻尾は、何の尻尾だろうか。あまり見慣れない形をしているが。
「もう大丈夫そうだな」
一通り抱き着き終わった獣人 ― オーガというのだろうか ― が離れると、俺は地面に広げた白衣の土を払った。彼が目覚めるのを待っていたこともあり、太陽はかなり傾いている。もうそろそろ一晩明かす場所を探さなければならない。
「俺は寝床を探さないといけないから....気をつけて帰るんだぞ」
俺が歩き出そうとするとオーガがきょとんとした顔で聞いた。
「いえ、ないの?」
今日来たばかりだからな。そもそも、ここがどこかも知らないし。彼はここの近くに住処があるのだろうか。
「家はない。今から探すんだ」
俺の言葉を聞いたオーガはニコニコと嬉しそうに提案した。
「オーガ、いえ、ある!オーガのいえ、くる!」
獣人の、家?....いや、巣?いやいや、いくらなんでも危険すぎる。多分、この見た目なら少なくとも親はいる。この子が好意的であってもその親までが好意的とは限らない。申し訳ないが、断ることに....
キラキラと効果音が付きそうなほどの視線を感じる
「俺は.... 」
しっかりしろ。そんな目で見られても、ついていったらどうなるか分からないんだ。命の方が惜しい。
後ろでは黒く長い尻尾がブンブンと揺れている
「俺は....その...」
それは反則だろ。尻尾まで振られたら......
「そうだな、お邪魔するとしよう。」
いいって言うしかないだろう......
オーガの顔がぱあっと笑った。尻尾もさっきとは比べ物にならないほど揺れている。はあ、覚悟を決めるしかないな。俺にはあの笑顔に逆らえるほど薄情じゃない。
「いえ、すぐある!いく!」
オーガはそう言ってクルリとその場で一周回った。
「うえ、のる!いえ、いく!」
その場にいたのは人ではく、黒い狼のような姿をしたオーガだった。....さっきとは違う、ふさふさの尻尾は相変わらず振っているけれど。
オーガは狼の獣人だったのか。獣人自体が珍しいから、狼なんてなると討伐対象になっていてもおかしくないかもしれない。
それに、ここだけの話だが獣人の羽毛や爪、内臓などといったものは薬の原料y武具の材料として高値で売買されている。ここまで人に対して警戒心がないのであれば、格好の餌食だ。
「じゃあ、失礼。」
一応怪我人なので、できる限りそっと乗った。ふむ、モフモフしていて乗り心地がいいな。疲れたときに撫でると癒されるかもしれない。
「うごく!」
俺が乗ったことを確かめたオーガは、すぐに駆け出した。速い。とにかく速い。俺が乗ってきた馬車など比ではない。あんなの亀ぐらいの速さに思える。そして、速さの割にかなり安定している。このくらいの速さであれば普通は振り落とされてもよさそうだが、びくともしない。
「これが、獣人の力...」
そんなことを考えている間にも、オーガはどんどん森の奥へと駆けて行く。 しかし、獣人の家族というものは一体どんなものだろうか。人間のように家族で生活しているのだろうか。これはかなり興味深い事だ。追放さえされていなければ、両親に伝えたことだろう。
「いえ、ついた!」
かなり深いところまで進んだオーガが、ぴたりと止まった。どうやらここが獣人の家らしい。俺が背中から下りるといつの間にか人の姿に戻っていた。
「ここが、君の家?」
俺の問いかけにオーガはこくりと頷いた。あたりを見渡すが、洞穴や、木の幹といった家|(巣)らしきものはない。一体どこにあるというのだろうか。
「......すまないが、一体どこに?」
するとオーガは、あろうことか上を指した。
「ん!」
オーガの指さす方向を見ると、少し高い丘、というよりも低い山の中に、確かに家があった。
「........?」
ただし、それは木々に遮られて全体は見えないものの、とてつもなく大きいとわかる、「城」だった。
「ここ、オーガのいえ!」
驚きすぎて言葉も出ない俺をよそに、オーガはニコニコとしながら尻尾を振っていた。
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