学園都市ニュンベル
第1話 学園都市ニュンベル
この世界で生まれた魔族の子供は、十二歳から十五歳の三年間を学園都市『ニュンベル』で過ごすことが義務付けられる。
ニュンベルは、言うなれば隔絶された社会の縮図だ。
学生たちには最低限の生活が保障されているが、それ以上の豊かな生活を望むならば、己の価値を示す必要がある。
端的に言えば、授業や部活動で優秀な成績を収めることだ。そうすることでニュンベル内でのみ使用することができる通貨が支給され、その通貨を用いて様々な対価を得ることができる。
豪勢な食事、娯楽施設の利用、居住区の変更、エトセトラ。学生たちは三年間でニュンベルのどこまでたどり着くことができるのかと、躍起になって努力をするのだ。
また、内部には許可を得た者しか入ることが許されず、無許可で侵入した者には都市内を徘徊する防衛用魔法ゴーレムからの制裁が待ち受けている。
そのためニュンベルの中は安全で治安が良く、学生たちも安心して過ごせる────などと謳われているが、こちらの方は妄言のようだ。
「なあ、俺たちの話聞いてんのか?」
「ちょっと茶しようぜって誘ってるだけだろ?何もしないって!」
「おら!こっち来いっつってんだろうが!」
華奢で小柄な私に対してそんな態度で怒鳴り散らかしてくるのは、三人組の男たちだった。
ここは、ニュンベル内のとある路地だ。入学のためについ先日やってきたばかりの私は当然「最低限の生活」からのスタートで、そんな場所にいる人というのは、同じく今年度入学してくる新入生を除けば、一年以上もここに留まっている無能の集まりということになる。
彼らは紛れもなく学生のため、防衛用魔法ゴーレムからは攻撃されない。
しかし、彼らの素行が良くないのは語るまでもないことだろう。こんな場所を安全で治安がいいと言うのは、誰がどう考えても妄言だというものだ。
「…………はぁ」
思わずため息が出てしまう。
そもそも、この世界では華奢なことも小柄なことも強さにはあまり関係のないことだ。
もちろん、全魔族のデータを統計すれば、華奢で小柄な人というのは弱い人が多いだろう。
しかし、それを「華奢で小柄だから弱い」という風に誤解してはいけない。
この世界にはレベルというものがあり、実際に個人の強さを左右するのはほとんどがレベルによる差なのだ。つまり、実際は「華奢で小柄な人はレベルを上げていない人が多いから弱い」ということになる。
そんなことは、この学園都市ニュンベルにくる以前に学んでおくべきことだ。
まあ、そんなことすら知らない連中だからこそ、こんな場所に留まっているということなのだろう。
(早くもう少しマシなところに移住しないと…………それか、私の噂がもっと出回ってくれれば楽なんだけど)
そんなことを思いながら、私はゆっくりとその男たちの方へと顔を向ける。
すると、そこには三つの下衆な笑みが浮かんでいた。
「お、やっとついてくる気になったか」
「そうそう、あんま俺たちに逆らわない方がいいよ?俺たち、こう見えても結構上のやつらと繋がりが────」
「あの…………急いでるので、ごめんなさい」
ペラペラと聞いてもいないことを語りだす男の言葉を遮って、その路地を押し進もうとする。
すると男たちの表情は面白いくらいに変貌して、その顔を真っ赤に染め上げた。
「おうおうおう…………どこ行くつもりだよ、オイ!」
「なあ、優しくしてるうちに黙ってついてきてくんねえかな。こっちも手荒な真似はしたくないんだわ」
もはやこの応酬もテンプレというやつだ。
ここで更なる煽りを入れれば、彼らは愚かにもこちらに手を出してくる。
「手荒?…………あなたたちでは、手荒と言うより小戯れと言った方が正しいと思いますけど」
「あぁ?」
「てめぇ…………痛い目見ねえとわからねえようだな」
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
「んだと…………コラァ!」
安い挑発に乗せられ、殴りかかってくるチンピラの一人。
私の懐に入り込むようにして腹部へと放たれたその拳は、残念ながら彼の思惑とは真逆の結果を招いたようだった。
「痛ッ…………てめぇ、何しやがった!」
「ア、 アニキ⁉」
「なっ…………こんなガキが、アニキよりレベルが高いってのか⁉」
自分の手をさすりながら、こちらを睨みつけてくるその男と取り巻きの二人。
やはり、彼らもまたレベルに溺れた馬鹿の一人らしい。いや、レベルが正義の世界で彼らのことを馬鹿にするのは、少々酷というものだろうか。
「もういいですか?私はあなたたちに用はないので」
「…………ッチ!いくぞ!」
「「は、はい!」」
唯一救いなのは、彼らがレベルに囚われている以上、こちらとの力量差をすぐに認めて引き下がってくれることだろうか。そのため、遠回りをするよりも近道を通ってチンピラに絡まれる方が早い。
早くこの場所に蔓延っているチンピラを全員返り討ちにして、楽にこの近道を通れるようになることを祈りながら、私は同居者が待つ領へと足を進めるのだった。
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