記録5
(…………どうしよう、万が一ってこともあるし…………)
学園都市へと向かう道中で、ヴィルドレアはかつてないほどの緊張感に包まれていた。
その理由は、オルヘマと二人旅だったからだ。
もしもオルヘマがヴィルドレアのことを処分するつもりなら、間違いなくこの旅の中で仕掛けてくることだろう。
(でも、あんなに仲良かったし…………って、それが通用しないのがオルヘマの怖いところなんだけど)
ゲームの時の彼女は、二重人格かと思うくらい感情のオンオフが激しかった。
普段は感情豊かなお姉さんなのだが、命令を遂行する時の彼女は機械のような人間に変貌するのだ。当時はそのギャップが可愛いなんて思っていたが、実際に目の前に居ると恐怖でしかない。
(でも…………もしかしたら、オルヘマも私と同じなのかも)
ヴィルドレアは、『次元の探究者』での知識を全く疑っていない。もちろん相違点があるのは認めているが、それでもこの世界や今後の展開の基盤として揺るぎないものだと信じている。
それはある意味、ゲームの知識という絶対のものに脳死で従っているとも取れるだろう。オルヘマがユリティスの僕だとすると、オルヘマもユリティスという神なる存在に脳死で従っているのかもしれない。
(自分で考えてもわからないことの答えを出してくれるんだから、依存もしちゃうよね)
たかが人間なんて、そんなものだ。
まあ、そもそもヴィルドレアからしたら、まだオルヘマがユリティス商団の一人だと予測しているだけで確証があるわけでは────
「ヴェーラ様」
「…………なに?」
そんなことを考えていたヴィルドレアの思考を、オルヘマの不意な言葉が断ち切った。
焚き火に揺れる、ヴィルドレアの不安げな表情。オルヘマはそんなヴィルドレアの心を、盛大に読み間違えていた。
「外の世界は危険でいっぱいです。不安な気持ちもわかりますが、何があろうと私が守りますので、安心してください」
「う、うん」
違うの。オルヘマが怖いの。
なんて言葉に出せるわけもないことを、心の中で呟く。
すると、そんな呟きに応えるようにオルヘマがとある物を出していた。
「ですが、学園都市までは私も同行できません。そこで、ヴェーラ様のためにプレゼントを用意したのです」
「プレゼント?…………って、それはっ⁉」
「…………?どうかなさいましたか?」
オルヘマが取り出してきた物を見て、ヴィルドレアは思わず口調を荒げてしまった。
慌てて口を押えるが、時は既に遅し。オルヘマはヴィルドレアの顔を覗き込んで、怪訝の表情を浮かべていた。
「ご存じなのですか?」
「え、えっと…………本で見た、命の石に似てるなーって…………」
「命の石…………そうでしょうか?」
「違うかな?」
「ええ。形は似ていますが、色が違いますよ」
「あれ?そうだったっけ…………」
命の石なんていうのは、もちろん口からの出任せだった。
そもそも、命の石というのはおとぎ話に出てくるものだ。つまり、空想上の産物。出典によって形も色も様々で、そういう意味では石ならば何でも似ていると言い張ることができるだろう。
そんなヴィルドレアの誤魔化しだったが、幸いなことにオルヘマに対してなんとか通用したようだった。
だが、これは決してオルヘマが間抜けだったからではない。オルヘマが出したソレが、命の石なんかよりも遥かに異質なものだったからだ。ヴィルドレアがソレを認知している可能性などあるはずがなく、何かと勘違いしたのだろうとオルヘマは最初から思い込んでいたのだ。
(『次元の召喚石』…………なんでこんなところに⁉)
そんなオルヘマを他所に、ヴィルドレアは内心で大慌てしていた。
オルヘマがプレゼントと言って渡してきた物は、『次元の召喚石』という異界の生物を召喚するための物だ。『次元の探究者』において最終マップで「女神ユリア」が使ってくるアイテムで、召喚されるのは二十種類の中からランダムに一体。それを何個か使用してくるので、運次第では絶対に勝てないようなラインナップが────なんて話はどうでもいい。
(やっぱり、これが出てくるってことは、オルヘマはユリティスと繋がってるってことだよね…………っていうか、こんなものホイホイと渡しちゃっていいの⁉本当に私が使っていいわけ⁉)
オルヘマによる『次元の召喚石』に関する説明を聞き流しながら、ヴィルドレアはそのラインナップを思い浮かべる。
神々しいドラゴン。瘴気を発する死神。十メートル以上もあるゴーレム。至る所からマグマが吹き出している球体。姿の見えない霊の集合体。エトセトラ。
例え誰が召喚されたとしても、間違いなく学園都市に入れて良いような存在ではないだろう。
ヴィルドレアがそんな当然の結論を脳内で叩きだしたのと同時に、オルヘマは期待に満ちたような声を出した。
「さあ、召喚してみてください!私も何が召喚されるのかはわからないので、ドキドキしてしまいます」
「う、うん…………」
ドキドキしてしまいます、じゃないのよ。
ひょっとしなくても、オルヘマはこの中にどんな化け物が閉じ込められているのかを知らされていないのだろう。
とはいえ、召喚しないわけにもいかない。
ヴィルドレアが天に祈るような気持ちでその石に力を籠めると、その石は七色に輝きを放って二人を包み込んだ。
(お願いだからマシなやつ!最悪霊の集合体のやつでいいから!あれなら見えないし、なんとか誤魔化…………あれ?)
七色の光が二人を包み込む中で、ヴィルドレアは何かと繋がるような感覚が芽生えた。
きっと、それは召喚された何かとの繋がりだ。オルヘマから────そしてユリティスから送られてきた、異界の生物。しかし、それはどうにもあの二十種には当てはまらないような、とても小さな────
「…………水滴?」
光が収まり、ヴィルドレアの手の上に乗っかっていたもの。
それは、大きさにして二センチにも満たない、金色の水滴だった。
「これは…………スライムでしょうか?」
ヴィルドレアの呟きに対して、オルヘマがそう答える。
しかしオルヘマもどこか自信がないようで、その表情はどこか不安げだ。
「なにこれ…………」
そう言いながら、その水滴を突いてみる。
するとその水滴はプルプルと震え、スルスルと私の肌を移動し始めた。
「やっ…………ダメっ…………ひゃっ!」
手首から肩へ。肩から首へ。首から頭へ。
まるで指でなぞられているような感覚に、情けない声が漏れる。
やがて頭のてっぺんで止まったソレは、目には見えなくとも、やはり何か繋がっているような感覚でその存在をしっかりと捉えることができていた。
「ヴェーラ様、大丈夫ですか?」
「うん」
「先程のスライムは…………」
「たぶん、頭の上にいる」
「そうですか…………きっと、その子がヴェーラ様のことを守ってくれますから」
「う、うん…………ありがとう」
二人して、その表情は微妙だ。
本当に、この水滴にそんな力はあるのだろうか。
よく考えてみれば、ユリティスがわざわざ危険因子になるようなものを寄こしてくるとは思えない。そう考えると、やはりこの子は気休め程度のものなのかもしれない。
しかし、『次元の召喚石』が送られてきたということは、ユリティスが舵を切った方向が「ヴィルドレアを始末する」という方向ではないということだけは間違いない。
ヴィルドレアは思わぬ贈り物とユリティスの判断に感謝しながらも、この子がどんなことを招いてくるのかという新たな悩みの種を手にしたのだった。
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