記録4


「学園都市…………?」


 それは、ヴィルドレアの十二歳を祝う誕生会でのことだった。

 この頃には既に蓮の自意識とヴィルドレアの自意識が完全に融合しており、自分は倉住蓮でありヴィルドレア・フォン・マルキュリーでもあるのだと、素直に受け入れることができていた。不安定だった時期は、もう超えていたのだ。


「ああ、ヴェーラももう十二歳になっただろう?私としては猛反対なのだが、魔族として生まれたからには十二から十五の間の三年間を学園都市で過ごさなければならないのだよ」

「ああ、なんということでしょう!」


 耐え難いと言わんばかりに顔をしかめる父と、およよと嘆く母。

 この二人の態度からもわかる通り、この七年で父と母はすっかり過保護になってしまった。

 もちろんその原因が自分であるのは紛れもない事実なので、文句を言う筋合いはないのだが…………どうにかならないだろうか。きっとこの話を直前までしてこなかったのも、何とか特例で逃れられないかと画策していたのだろう。そして実際にそれを成し遂げるくらいの力がある家なので、ヴィルドレアとしては引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。


(でも、学園都市かぁ…………)


 ヴィルドレアは、学園都市という言葉に聞き覚えがあった。

 それは、『次元の探究者』での話だ。

 終盤のマップの一つに、学園都市ニュンベルというマップがあった。これは魔族の子供全員が通うことを義務付けられている学園で、優秀な子供を見つけ出すための教育プランだと言われている。

 また、学園都市内には防衛用の魔法ゴーレムが徘徊しており、ゲームだと数ターンおきに出現するそのゴーレムに苦戦させられる高難易度のマップだった。これから学園都市に行く身としては、心強い味方なわけだが。


 そして、十五歳をこの学園都市で迎えることが義務付けられているというのは、おそらく強力なジョブに就く者を多くするためだろう。

 歴史を学んだ限り、魔族と人間の争いは千年以上前からずっと起こり続けている。そんな中で生まれたのが、将来を担う子供を強くするための学園都市というわけだ。


「ヴェーラ!いいかい?男っていうのはとっても危険なのだ!絶対に近づいてはならんぞ?」

「そうよ。ヴェーラは可愛いのだから、すぐ食べられてしまうわ」

「…………うん」


 ヴィルドレアが学園都市に対する記憶を掘り起こしていると、いつの間にやら話題は男の危険性へと移っていた。

 両親の言葉からもわかる通り、ヴィルドレアは未だに異性との交流をしたことがない。

 いや、それどころか、家の外に出たことすらない。ヴィルドレアの中身が蓮に変わってしまった際に周囲への警戒を強めた影響で、紆余曲折を経てヴィルドレアは対人恐怖症だと診断されてしまったのだ。突然周囲の人間全員を警戒しだしたのだから、そう思われても仕方ないのかもしれないが。


 それからの扱いは本当に困ったものだった。最初は呪いにかかったのでは、と若干遠巻きに見られていただけだったが、対人恐怖症と診断されてからは両親の過保護具合が爆発。本来ならば貴族家の息女としてパーティーやなんやに出席しなければいけなかったらしいが、それらを全て拒否。跡取りとしての責務も重いと判断され、予定のなかった弟が爆誕。そんな二人への対応に困惑していると、自分たちは慣れてくれたのだと勘違いした二人がとことんヴィルドレアを甘やかし、気がつけば十二にもなって何をするにも親がついて回るという環境が出来上がっていた。


 そんな中で唯一幸運だったのは、そんな状況だったからか命の危険も全くなかったことだろうか。

 一番警戒していたオルヘマに関しても、今では両親に負けず劣らずヴィルドレアを甘やかしてくる存在となっていた。恐らく、ユリティスから排除不要と判断されたのだろう。今ではもはや、使用人というよりは近所の優しいお姉ちゃんといった感じになっていた。


 その一方で、オルヘマは今年で六歳となる弟のキルシュを警戒しているようだった。キルシュもヴィルドレアに負けず劣らず才能があるという話なので、状況的にはちょうど蓮がこの世界に転生してきた頃と同じようなものとなる。キルシュはとても素直でいい子な故に、ヴィルドレアとしてはその身が心配でならなかった。

 ヴィルドレアはそんなキルシュをさり気なく反戦派の思想に染まらないように導いていたが、これから学園都市に行かなければならないとなると、もはや手の施しようがない。可愛い娘を心配するマルキュリー夫妻のように、ヴィルドレアはキルシュのことが心配でならなかった。


(何かキルシュに…………でも、表立って動くとまたオルヘマに警戒されちゃうかもしれないし…………うーん…………)


 ヴィルドレアの経験則からして、こういう時は答えが出ない。

 自分の頭は何か策を講じることが不得意なのだと、ヴィルドレアは身を持って痛感していた。それ故に、すぐに考えることを放棄してしまう。


(まーいっか。なるようになるよね。私もなるようになったし)


 それはヴィルドレアの悪癖だったが、誰も注意する人がいないので治る気配もない。

 ヴィルドレアは来たる学園都市に備えて、今日も甘やかされながら魔法の修業をするのだった。

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