記録2
健康な精神は健康な身体に宿るというが、幼女の精神も幼女の身体に宿るらしい。
それが、ヴィルドレア・フォン・マルキュリーとして三日過ごしてきた蓮の感想だ。
幼女のフリが上手くなったことは置いておいて、蓮はこの三日間で様々な情報を仕入れることに成功していた。
まずは自分の状況ことだ。蓮の予想通りここは魔族領のとある伯爵家のようで、人間領とはかけ離れた位置にある反戦派の貴族だった。
反戦派というのは人間との最終戦争に対するもので、数年前に現れた人間との決着を推進する「七女神」に対して反対している派閥のことである。
ゲームの知識を持っている蓮からすれば、結局最終戦争は始まることになるのでいくら反戦活動をしようが意味はない。なぜなら、魔族側で神を名乗っている「七女神」も、人間側で神を名乗っている「女神ユリア」も、全くの同一人物だからだ。つまるところ、この最終戦争は全部その人物の茶番劇なのである。
しかし、この話は単純なようで単純ではない。「七女神」と「女神ユリア」を名乗る人物は同じなのだが、実際には「七女神」も「女神ユリア」もどちらも実在するのだ。それを説明するためにも、まずは『次元の探究者』の簡単な筋書きを紹介しよう。
元々、「女神ユリア」は人間を守護する女神だった。その上位存在として「七女神」がいたのだが、実際に人間と関わってきたのは「女神ユリア」のみであり、人間は七女神のことを認知してはいない。
そんな中で、「女神ユリア」は「七女神」と魔族のことを排除しようと画策する。(その理由はゲーム内で一応本人の口から語られているのだが、これまでの本人の言動から乖離するところが多い話で、本当は何か別の理由が隠されているのではとファンの間では様々な議論が起こっていた)
そのために、まずは魔族側に「七女神」として接触し、人間との最終戦争を勃発させる。そして人間を勝利に導いた「女神ユリア」は、その後魔族側を率いた「七女神」を悪とし、これを人間たちと共に倒した。
しかし、戦いの中で「女神ユリア」に違和感を覚えていた人間たちは、最終的に「女神ユリア」の計画を突き止めて、「女神ユリア」を討伐する。
といった具合だ。
ちなみに、「七女神」や「女神ユリア」は神を名乗っているだけの人間である。彼らこそが『次元の探究者』というタイトルの元となった存在で、別の世界から次元を超えてやってきた存在という設定になっているのだ。
つまり、元々人間と魔族の争いはあるのだが、「女神ユリア」が居なければどちらかが滅ぶまで争うということはなくなるだろう。そして「女神ユリア」はユリティスという名の人間としてストーリーに関わってくるので、彼女を探し出して接触してみるというのも一つの選択肢だと蓮の頭の中に浮かんでいた。
この話はこのくらいにしておいて、この世界の話に移ろう。
これまでの話の通り、蓮はこの世界を『次元の探究者』の世界で確定と見ている。
その理由は、地名や人名がゲーム内で登場するものと一致しているということはもちろん、レベルやクラスシステムまでもがこの世界に存在していたからだ。
ただ、存在していたと言っても、多少の改変は行われていた。
まずレベルの方なのだが、これは明確なステータスが存在するわけではなく、ある程度の強さの基準となっているみたいだ。ゲームなら、レベル1のキャラではレベル100のキャラに対して何をしても一撃で倒すということは不可能だったが、この世界では心臓を貫けば簡単に殺すことができる。言葉にすれば当たり前だが、レベル差があるから絶対に倒されないという状況はこの世界では起こり得ないということだ。とはいえ、もちろん大きなレベル差が覆ることはほとんどありえないので、レベルを上げることは最重要事項だが。
クラスシステムの方は、ゲームの時は『クラス毎に設けられた必要技能スキルの条件を満たせば転職ができる』というものだったのに対し、この世界では『十五歳になると天からクラスを与えられる』というものだった。
しかし、天から与えられると言っても、ある程度の操作は可能らしい。
例えば、十五歳になるまでにかなりの時間を剣に費やしてきた者は、剣を扱うようなクラスになることが多いという話だ。ただ、両親のクラスに左右されることも多いので、必ずしもその努力が実を結ぶわけではないようだが。
そして最後に、オルヘマについて。
オルヘマについて語るには、まずはユリティスとヴィルドレアの話をする必要がある。
まずは、ユリティスについて。
ユリティスは前述の通り、「女神ユリア」の人間としての姿だ。ユリティスはユリティス商団という独自の戦力を持っており、彼らを使って最終戦争の戦況を整えている。
そして、ゲーム内でユリティス自身がこの話を自白した際に、彼女は「この計画を立ててから、計画に邪魔になりそうな者は商団を使って徹底的に排除してきた。この戦争が起きたのも、この戦争で人間が簡単に勝てたのも、全部私のおかげだ」という発言をする。
そして、ヴィルドレアについて。
周囲の人たちの話から、ヴィルドレアはかなり強い魔族であるということが発覚している。間違いなく魔族一だなんて話は身内贔屓なのかもしれないが、少なくとも贔屓目でそう言えるほどには強いということだ。
つまり、ヴィルドレアは反戦派の家に生まれた強大な力を持った少女ということになる。
これら話を合わせれば、すぐに結論は見えてくる。
おそらく、蓮が生まれ変わったヴィルドレアという少女はユリティスによって排除された命のうちの一つなのだろう。
そして、仮にヴィルドレアを殺すのがオルヘマだとしたら。ゲーム内ではそんな話は一度も語られたことはないが、オルヘマはユリティス商団の者ということになる。
今振り返ってみると、その内容がコメディーチックなものだったにせよ、たしかにユリティスとオルヘマは二人のエピソードが用意されていた。とはいえ、ユリティスと絶対にユリティス商団の者ではない人でのエピソードも用意されていたので、それだけで確信に至るほどではないが、このエピソードが二人の関係の伏線だったという可能性はあるだろう。
蓮が三日間で得た情報はこれくらいのものだ。
ひとまずの目標は、言わずもがな近いうちに訪れるであろう死の回避。
しかし、それを回避するために取るべき選択肢は真逆の二つだった。
一つ目は、ひたすら強くなること。幼女の身体では限界があるのはもちろんだが、ゲームの知識を使えばある程度強くなることは可能だ。
そしてもう一つは、全く強くならないこと。蓮の予想が正しいとすると、ヴィルドレアはユリティスから脅威になると判断されて消されたということになる。これを回避するには、何かと理由をつけて遊び惚け、ユリティスから脅威であると認定されないことこそが死の回避に繋がるというわけだ。
(んー…………オルヘマより強くなるのは現実的に不可能だよな)
蓮の頭が打ち出す、当然の結論。
ゲームの世界へ転生。知識を使ってチート。そう簡単に話が進む世界ならどれだけ良かったことかと、蓮はそう嘆かざるを得なかった。
こんな状況に加えて、仮に生き延びて女神たちと戦うことがあるのならば、もはやそれはどんなにレベルを上げても意味のないことなのだ。
なぜなら、彼女たちはこの世界の存在ではない。異なる理で生きており、『次元の探究者』の時でも、女神と戦う時はレベルも戦闘システムも全く異なる別のゲームと化すというとんでも仕様だった。そのせいで、周回プレイヤーからは女神戦の前まででゲームクリアとするという暗黙のルールがあったほどだ。
(いっそオルヘマにユリティスの話をしてみるか?…………いや、危険すぎるな。それに、一度ユリティスに関われば女神と戦うのが避けられなくなるかもしれん。なるべく穏便に…………っつってもせっかくの知識があって大人しく暮らすってのもなあ…………そもそもなんで転生してるんだ、俺は?)
昨日も同じようなことを考えたっけな、と乾いた笑いが出る。
時間だけはある。と思いたいが、いつ命の危険が訪れるのかもわからない。
蓮はいつまでも結論を出せない自分の頭に憤りを感じながら、今日も終わらない悩みに苛まれるのだった。
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