黄金の箱入り娘
@YA07
プロローグ 転生
記録1
眩い陽の光に照らされて、倉住蓮の自我は目を覚ました。
長い間眠っていたのか、記憶がハッキリとしない。自分はいったいどこにいるのだろうかという不安に、一瞬だけ駆られた。
(そうだ。昨日は友達と宅飲みをして、それで…………)
蓮は必死に記憶を掘り起こしながら、起き上がろうとする。
しかし、当然起き上がれると思っていた蓮の意識とは裏腹に、その上半身は少し浮いたところで力を失い、重力に任せてベッドへと逆戻りしていった。
(あれ、飲み過ぎたのか?…………ん?)
ベッドへと身体が叩きつけられたことで、蓮は一つの違和感を覚えた。
それは、身体に上手く力が入らないことだ。
最初は酒のせいかとも思ったが、どうにもそうではなさそうだ。筋力が衰えているというか、身体が思ったよりも小さい気がするというか。いや、それ以前に…………
(なんだこの布団は?)
貧乏学生の蓮には全く見慣れない、やたらと分厚い癖に圧力を全く感じない、なんとも高級そうな掛け布団。そもそも、なぜベッドがあるのか。蓮が愛用しているのは敷布団だったはずだ。
先程の身体への違和感と総合して、蓮の頭は自動的にこんな結論を算出した。
(まさか、誘拐されて何かの実験に──────)
「ヴィルドレア様。そろそろ朝食の時間でございますよ」
「───ッ⁉」
突然響いてきたその声に、蓮は身体を強張らせる。
その声音はとても穏やかな響きだったが、蓮にとっては意味の分からない言葉の羅列にしか感じられなかった。
第一に、ヴィルドレアという謎の名前。
第二に、いくら穏やかな響きだったといえど、自分の記憶には全く該当するのもがない人の声。
第三に、ちょうど自分が考えていた『誘拐』という可能性への────
「ヴィルドレア様?入りますよ?」
悲しいことに、蓮の思考回路はそこまで速いものではない。
色々と考えているうちに、その声の主からそんな言葉が投げかけられてきた。
ヤバい。
その言葉を聞いて蓮が真っ先に思ったのは、そんな焦燥感だった。
少なくとも、蓮が見渡す限りここに自分以外の人間はいない。蓮は咄嗟に、自分がそのヴィルドレア様とやらを誘拐した犯人だと思われるのではと危惧したのだ。
慌てて布団の中に隠れた蓮と、それに少し遅れて部屋に入ってくる声の主。
その声の主は迷わずベッドの方へと近づくと、その掛け布団を捲った。
「もう。ヴィルドレア様、起きているのなら返事くらいしてください」
「…………え?」
蓮の口から出てきたのは、そんな間抜けた甲高い声だった。
しかしそれは、自分がヴィルドレア様と呼ばれたことに対するものではない。その声の主────オルヘマ・レーヴリカの顔に見覚えがあったからだ。
『次元の探究者』
それは、蓮が最も好きなゲームのタイトルだ。
タイトルを見れば次元を超えて冒険をするようなアドベンチャーゲームにも思えるが、実はゴリゴリの戦争もの。かつて次元を超えてやってきた者たちと、その世界で暮らしていた原住民との戦争。そして、最終的にはそれを画策した、黒幕────を利用した更なる黒幕との戦いが待っているという、言ってしまえばありがちなギャルゲー要素を含んだロールプレイングゲームだ。
戦闘システムは単純であるが奥深く、育成の自由度も高い。キャラクターも魅力的で、登場するネームドなキャラクターたちとのエンディングは男女問わず全員分用意されていたため、誰を推しにしても…………なんて話はどうでもいい。
なぜ、突然そんな話を始めたのか。
その理由は単純明快で、今目の前に居るオルヘマ・レーヴリカという人物。彼女こそが、まさにこの『次元の探究者』に登場するキャラクターだったからだ。
「ヴィルドレア様?どうかなさいましたか?」
心配そうに蓮の顔を覗き込んでくるオルヘマ。
このオルヘマ・レーヴリカというキャラクターは、出自が原住民側であるにもかかわらず、主人公サイドとなる侵略者側に協力する少々立場の難しいキャラクターだ。
とはいえ、歴史背景的に、彼らは自分たちのどちらが原住民でどちらが侵略者なのかを把握していない。というよりは、どちらも自分が原住民であると思っているという方が正しいだろう。
いや、今はそんな話をしている暇はない。
蓮は改めてオルヘマの顔をじっくりと見ると、怪しまれる前に一度考え事をやめて口を動かした。
「ごめんなさい」
「…………あらあら、今日は随分と素直なことで」
そんな蓮の口から発せられたのは、やはり甲高い少女の声音だった。
流石にここまで来れば、どんなに鈍感な人でも理解するだろう。意味は分からないが、どうやら自分は『ヴィルドレア様』なる少女になってしまったらしい、と。
もちろん、蓮はそのことに薄々気がついていた。いや、そう考えると辻褄が合うと思っていたと言った方が正しいだろうか。どこか他人事のようにそう思っていただけで、それを実感したのは先程の言葉を発した後の話だ。
なので、普段ならば「すみません」と言ったところも、少女らしく「ごめんなさい」と言ってみたのだ。結果的にはそんな想像が当たっていた反面、オルヘマの反応からしてそれは『ヴィルドレア様』の言動とはかけ離れているものだったようだが。
「朝食…………」
「あらあら、そうでした。早くしないとご飯が冷めてしまいます。さあ、こちらへ」
何か考えるようにこちらを見つめるオルヘマに対して、蓮は消え入るような声でそんな言葉を口にした。これならば、最悪寝ぼけていたとでも言えばなんとかなるだろう。
オルヘマに着替えを任せながら、蓮は考え事に没頭する。大人の女性に着替えさせられるというのは蓮にとってくすぐったいものだったが、そんなことを恥ずかしがっている場合ではないのだ。
そもそも、蓮は咄嗟に自分が『ヴィルドレア様』ではないことをバレないように行動したのだが、よく考えてみれば別にバレてはいけない理由があるわけはない。
それに、既に二十歳を超えていた蓮に幼女の真似事は無理がある。それならばいっそすべて打ち明けてしまうのも…………と考えたところで、蓮はすぐさまその考えを否定した。
オルヘマのエピソードを色々知っている者として、今の状況をある程度推察することはできる。
まず、オルヘマの姿はゲームのものよりもかなり若い。この世界が『次元の探究者』の世界なのだとして、ゲームが始まるよりも前の時間軸なのだろう。
となると、ここはおそらく原住民側────ゲームでは、魔族と呼ばれている人たちの国だ。そしておそらくは、『ヴィルドレア様』も魔族ということになる。
これはオルヘマに関する過去のエピソードのうちの一つなのだが、オルヘマは過去にとある貴族の息女の使用人として仕えていたが、その息女が死亡してしまったことにより使用人という職を辞し、その果てに人間領へとやってきたという話がある。
しかし、この話にそれ以上の情報はない。何よりオルヘマ自身がこの話をしたがらず、それ以上のことを話さなかったのだ。筋書的には、毎夜とある方角へと向かって祈りをするオルヘマにその理由を尋ねた結果、それだけを告げて「これ以上は…………」と話を拒んだというエピソードだったか。
その息女というのが、『ヴィルドレア様』のはずだ。ゲームでは、名前すら出てこない人物。いつか死ぬということはわかっても、いつ頃の話なのかも分からない。
そして、この話はファンの間で「オルヘマ自身がその息女を殺したのではないか」という説が流れていた。彼女は自分が『駒』であるという自覚が強すぎるタイプで、主の命令には何があっても逆らわない人間なのだ。まるで、誰かにそう調教されたかのように。
つまるところ、『ヴィルドレア様』はオルヘマに殺されるという可能性があるということだ。
(…………しかし、なあ)
蓮の後ろで、鼻歌を歌いながら髪を梳かすオルヘマ。
そんなオルヘマの姿はゲームのものとは別人のようで、顔が似ているだけの別人なのではないかと思ってしまうほどだった。むしろ、ここが『次元の探究者』の世界であると思っていることの方が間違いなのかもしれない。
(いったい何が何なのやら…………)
突然降って湧いてきた困難を前に、蓮の頭を痛めながら幼女のフリをする日々が始まったのだった。
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