聖櫃教会
草原で目を閉じたオレは、しばらくウトウトとしていた。
すると、不意に
新緑のあふれる丘からうって変わって、一面茶色の土臭い世界がオレの目に入る。納屋のハンモックの中。どうやら夢の中から追い出されたようだ。
目をつぶり、あの丘へ、そして丘で目をつぶり、この納屋へ。
まるですべてが一瞬におきたことのようだ。
ふと気がつくと、足の痛みが消えている。
そこで俺は何を思ったのか、右足をハンモックの縁に引っ掛けて網の外に出ようとした。
「なんだ、もう治ったのかぁ……イータタタタ!!」
当然だが、一日で折れた足が治るはずもない。目が覚めたばかりのオレは、乾いてほこりっぽい土の上に真っ逆さまに落っこちた。
『一体何ですか、騒々しい』
頭を下、尻を上にしたオレに冷たい言葉が投げつけられる。ガラテアだ。
ゴーレムが眠るのかどうかはさておき、彼女はすでに目を覚ましていたらしい。
「もう少し優しくいたわってくれても良いんじゃない?」
『男の尻をなでろというのですか』
「オレ、ケガ人よ?」
『その割には元気そうで何よりです』
ガラテアがその金属の指を差し出したので、俺はそれに掴まり、年老いて弱った羊のように立ち上がった。
「ありがとう。本物のジジイになった時の練習になるわ」
『あまり冗談にならないのがつらいところですね。強く生きてください』
ひぃひぃ言いながら立ち上がったオレに、ガラテアが壊れた農具を差し出した。どうやら、杖代わりにしろということらしい。
「急に優しくされると、逆に怖いわ」
『では、厳しくいきますか』
「オレって甘やかされて、のびのび育つタイプなんだよね」
『レヴィンの生物的な成長期はとうの昔に終わっているはずです』
「すぐに正論で正拳突きするの、やめてくれる?」
『ゴーレムは正直なのです。ワタシ・ウソ・ガ・イエマセン』
「うそつけ、昨日のは何だ」
彼女と無駄話をしながら、干していた山牛の肉をナイフで切り取る。
朝飯にするには少し重いが、麦粥と一緒に煮ればいいだろう。
だが、そこでオレはあることに気がつく。
――しまったな。火を起こそうにも、手頃な
そうなのだ、ここには薪にできるものがない。
都市の近くほど、燃料にできる木は多くない。遠征先だったら、倒木や枯れ木なんかを断ち割って何とかできるが、ここにある木は、生きている生木がほとんどだ。今から
俺は納屋の中に落ちている、木箱や柵、囲いの破片なんかを集めて、それを薪の代わりにすることにした。
こういう力仕事をするとき、ガラテアは頼りになる。
彼女は重く、ぶ厚い木の板を手に取ると、いとも容易く押し曲げ細かくする。
薪作りは彼女に任せ、オレが火を起こす用意をしていると、遠くから何かが近づいてくるのに気付いた。……人影だ。
反射的に体に力が入り、こわばるのを感じる。目に入った人影が少女のものだったからだ。納屋が街の近くにあるとは言え、護衛なしとは普通じゃない。
壁の外には野犬や野生化した家畜がウロウロしているし、戦争の色が濃くなった今、傭兵くずれや野盗の姿もある。そんな外を闊歩できるのは、よほどの阿呆か、腕に覚えのある者だ。
少女はシスター服を着て、腰に四角い断面をした黒い警棒を下げている。
これには見覚えがある。
――
『レヴィン、誰かが近づいてきますよ』
「姿を隠しておいてほしかったんだが、お前の図体じゃ無理か」
『唐突に、いったい何です?』
「岩の下に居たお前は知らんだろうが……ありゃ聖櫃教会っていってな、魔道具や、それを掘り出して使っている連中を目の敵にしている連中だ」
『なるほど、カルト教団ですか』
「それ、絶対に連中の前で言うなよ? 絶対言うなよ?」
ふう、一応ガラテアに説明しておくか。
「ようはあれだ。古代の王国が滅んだのはゴーレムや魔道具を使っていたせいで、それを今の時代で使うと、古代王国と同じ道を歩むから止めようねって教えだ」
『なるほど。なかなか良識的で、良い視点を持っているようです』
「お前の口からそんな言葉が出るとは思わなかったな」
『現実問題、ゴーレムと魔道具のせいで古代王国は滅びましたから』
「えっ」
オレがガラテアに返す言葉を失っていると、既に聖櫃教会のシスターは、お互いの声が届く距離に居た。
彼女は警棒にかけていた手を下げると、こちらに向かって
「お初にお目にかかります。聖櫃教会の『
銀髪のボブを振って自己紹介した彼女は、シスター風の服を着ている。風といったのは、その裾からは、聖職者に似つかわしくない漆黒のガントレットと鉄靴が見え、その所作には、金属と鎖のすれる音が伴奏となっていたからだ。
……なんだよ、彼女、完全武装してるじゃないか。
「ご丁寧にどうも、何か問題でも?」
「それは冗談としておきましょう」
「本気なんですが」
「冒険者なら、未知の魔道具が発見された場合、それを封印すべきかどうか、危険がないかを既知の魔道具と比較し、照査するのをご存知ですよね?」
「まあ、少しは」
「貴方の背後にあるそれは、あなた以外には使えず、貴方が降りると自爆を試みたと冒険者ギルドのマスターにお伺いしました」
「まあ、そうですね」
「貴方に面と向かっていうのもなんですが、貴方様が天命で寿命を迎えたら、そのゴーレムは周囲を巻き込んで自爆するのでしょうか?」
「アッ」
俺は恨めしそうな顔をして、背後を振り向く。
シラを切っているつもりなのか、ガラテアは金属の塊のフリをして、答えない。
(ガラテア―……お前のせいでさらにややこしくなったじゃないか)
「それで、封印指定の必要性、極めて高しということになり、聖櫃教会から『
「釘を打って、
「それを判断するためです」
「今は何も問題がありませんが」
「ええ、私はこれからの話しをしています」
会話のようで会話でない何かをしているその時、ぐぅと腹の音がなった。
これはオレのものじゃない、眼の前のアレットというシスターからだ。
「問題は小さなことから片付けましょう。まずはその腹から」
「ご相伴に預かります」
アレットは腕を組みながら立ち尽くす。
どうやら手伝う気はないらしい。
ガラテアもそうだが、コイツもなかなかいい神経している。
オレが会う女性って、なんでこういうのばっかりなんだろな?
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