問いかけ

 街の外に出ようとするオレとガラテアだったが、オレを止める声があった。

 リケルだ。彼は次に何かを言おうとしているが、言葉に詰まっている。


「どうした?」

「僕たちのせい、ですよね……」

「追い出されるのが、か? 別に気にするこっちゃない」

『ええ、そもそも彼は浮浪者、ホームレスなのですから』

「ガラテアさん? 言い方ァ!」

「ぷっ……す、すみません」

「いいさ、泣かれたり、怒られるよりかはずっと気が楽だ」

「レヴィンさん……」

『それに、納屋とはいえ、現住所ができたのは、実に喜ばしいことです。悪いことばかりではなく、物事の良い点を見ましょう』

「ま、彼女の言うことも一理ある。そう言う事なんで、たまには顔を見せてくれ」

「はい……!」



 冒険者ギルドで人騒ぎしていたせいで、まもなく日が落ちる。オレたちは急ぎ街を出ると、納屋へと向かう。俺の足だったら、折れていなくても光のあるうちに納屋にたどり着くのは無理だったろう。

 だが、彼女のお陰で、闇の帳が落ち切る前になんとか納屋にたどり着けた。


 納屋は周囲を木の柵に囲まれて、見通しの良い平野の中に立っていた。

 ギルドマスターに押し付けられる形になったが、納屋は、おもったよりもずっと上等なものだ。かなり背の高い建物で、3階建てくらいの高さはあるだろうか。


 納屋に近づくと、彼女の胸甲を通して、オレの鼻に土の匂いと枯れた草の匂いが届く。これはまた……農村の香りってやつだな。


「良いところじゃないか」

『きっとここは、牧場かなにかの跡地でしょうか』

「だろうな。土と草の臭いがする。干し草はいかがかな?」

『遠慮しておきます。ベジタリアンではないので』

「気が合うな、オレもだ。ずいぶん前になるが、飢えに耐えかねて草を食ったら、尻が血だらけになったことがあってだな」

『それ以上は結構です』


 納屋の扉の取手は鎖でがんじがらめにされ、さらに錠前で留められている。


 錠前はハンマーの柄頭みたいなゴツイやつで、掴んで人を殴ったら殺せそうだ。その鈍器みたいな錠前に、鉄の棒みたいな粗雑な鍵を差し込んでひねると、どしりと重い錠前がオレの手の上に落ちてきた。


「おい、開いたぞ? マスターがちゃんとした鍵をくれたなんて信じられん」

『その一言で、あの方がどれだけ信用がないのか偲ばれますね』

「信用がないってことを信用されてるんだ」

『なるほど』


 錠前を外したオレは、再度彼女の腹におさまると、その足で納屋の中に見る。

 ――ほう。


「どうやらこの納屋、元は家畜のための厩舎だったみたいだな」

『壁に囲いを打った痕がありますので、そのようですね。それを納屋として転用したのでしょう……荷物のようなものがありますが』


 ガラテアが指摘した通り、蝋引きした防水布で包まれた荷物が納屋の中にいくつもある。ま、警備もなしに置いてるなら、大したものではないだろう。


「ギルドマスターにぐちぐち文句を言われるのも面倒だし、荷物は放っておこう。大きさが手頃だからって、お前の椅子にするなよ?」

『了解です』

「しっかしまぁ、明かりの一つくらい置いてほしいな」


 俺は納屋の壁にゲルリッヒから失敬した魔道具のランプを引っ掛けると、つまみをいじって程よい明るさに抑える。たちまちのうちに納屋の中は、ランプから発せられる青白い光に包まれた。


「ま、こんなもんかな」


 俺は納屋の内壁に立て掛けてあった壊れた農具、それを杖代わりにして寝床になりそうな場所を探すのだが……。うーん、見事に何もないな。


 納屋の床は土がむき出しだ。冒険者のオレは土の上でも寝れないこともないが、間違いなく泥だらけになる。かといって荷物の上で寝たら、それもそれでギルドマスターに何か言われそうで嫌だ。


『レヴィン、何をしているのです?』

「寝床を探しているんだ。ここまで何もないとは、アテが外れたな」

『なるほど、であれば私の中で仮眠を取られては?』

「足が伸ばせなくて、つらいんだよなあ」

『それもそうですね……何か無いでしょうか』

「うーん」


 納屋の中を見回すが、あるのは古い農具にロープやシートくらいのものだ。

 そして……ふむ、ネットか。農具はともかく「コレ」は使えるかもしれないな。


「ひらめいたぞ、ハンモックをつくってみよう」

『ハン……? それは一体何ですか』

「おや、ガラテアさんは知らないか。網を水平に渡して、その上に寝る簡易ベッドだよ。船乗りとかが使うんだが」

『へぇ、そんなものがあるんですね』

「ちょっと手伝ってくれるか」

『ええ、もちろんです。何をすれば良いですか?』

「納屋の中にネットがあるだろ? コイツの両端を釘かなんかで柱に留めて欲しいんだ。柱は、アレとアレがちょうど良いかな?」


 俺は納屋の中にある柱を2つ指差した。その柱の間隔は、ちょうど俺の身長ともう半分を加えたくらいにあって、ちょうどよく見る。


「問題は釘だが……使ってるものを引っこ抜く訳にはいかないからな」

『それなら、そこにありますよ』

「ん?」


 ガラテアが指さしたのは、納屋の壁にある囲いの痕だ。

 なるほど、囲いだけを叩き壊したのか、まだ壁には釘が残っている。

 さすがゴーレムなのか知らんが、良い目をしている。


「ガラテア、古釘を抜けるか?」

『お任せください』


 彼女は納屋の壁に近寄ると、まだ枯色に変色していない部分を注意深く調べる。

 そして、囲いの跡から、古釘を引き抜く。トントンと叩き、二本の指の先で古釘の頭をつかむと、まっすぐに引き抜いた。

 彼女の指の太さは俺の腕くらいあるのに、なんとまぁ器用なもんだ。


『これだけあれば良いでしょうか?』


 そう言って見せた彼女の手の中には、オレの小指ほどの大きさをした、四角い断面を持つ釘が何本もある。状態はそれほど悪くない。これならできそうだ。


「これだけあれば十分だ。ちょっと説明するからこういう感じで頼む」

『はい』


 オレが杖でハンモックの図解を地面に描くと、彼女はその通りに作業する。

 口は悪いが、ガラテアの仕事ぶりは実直そのものだ。たちまちのうちにハンモックが完成して、俺の目の前で揺れている。


「ゴーレムってのはすごいな。王国でも、こういう感じで作業してたのか?」

『多分そうだと思います』

「多分……?」


 彼女の言葉に、何かが引っかかったオレは、彼女を問いただす。

 すると、どこか気まずい様子で彼女は答えた。


『私が生まれた時は、余り平和な時代ではなかったものですから』

「ああ……なんだ、その、すまん」

『いえ、気にしていません。ただ……こういうのも良いものですね』

「上に上げてくれるか」

『はい』


 彼女の手を足場として、オレはハンモックの上に乗る。

 ちょっと迂闊だったな。


 考えてみれば、彼女はどう見ても戦士や騎士の格好に見える。

 つまるところ、戦争の道具だったんだろう。


 彼女が心の内で何を思っているのかまでは解らない。だが、あまり当時のことに良い印象を持っていない事くらいはわかる。


 ――戦争、か。


 そういえば、今日オレが射掛けられた、街の壁の上にあったバリスタ。

 あれは隣国との戦争の用意のために用意されたものだと聞いた。


 戦は近い。きっと、オレが思うよりも。もし戦いとなれば、彼女の存在は嫌でも人々の目につくだろう。彼女が戦いに駆り出されるのは間違いない。


 その時オレはどうすればいいのだろう?

 答えのでない問を抱えながら、俺はハンモックの中で意識をほどいた。


 

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