追放とは言うけれど

「そんな、何でレヴィンさんが?!」


 驚くリケルをよそに、俺の頭は冷静そのものだった。

 なんとなく、この後の展開が読めたからだ。


 ギルドマスターの権限がいくら大きいと言っても、いきなり追放はやりすぎだ。こんな無茶苦茶なことを言い出す理由はおそらく――


「だが、わしも鬼ではない……そのゴーレムをギルドに提供する、この条件を飲んでくれれば、ギルドに留まることを許そうではないか、なぁ?」


 そんなんだと思ったよ。

 どうしたものかと考え込む俺だったが、意外なところから助けが飛んできた。


『レヴィン、彼が言う『ゴーレムを提供する』というのは、その定義が曖昧です。解釈を突破口としてみては? どうせ大したことは何も考えてないでしょうし』


 ヒソヒソ声で俺に話しかけてきたのはガラテアだ。

 キレキレの毒舌に気を取られるが、彼女には何か策があるらしい。

 俺も声を潜めると、彼女と相談を始めた。


「ガラテアの言う通りだな。あのギルドマスター、儲けたい気持ちで頭が一杯で、他の物を入れる隙間がなーんもないんだ」

『空っぽより手に負えませんね。もはや修正の余地がないということですから』

「言うねぇ」

『彼はゴーレムをギルドに提供せよといいましたが、「何のために」提供するかの部分が抜けています。本当に管理職なのか、疑わしいレベルですね』

「ふむ? オレにはゴーレムをそのまま寄越せという意味に受け取れるが」

『それは貴方が親切にも足らない言葉を補っているからです。下の者がそうして上の無能を補うと、無能をのさばらせるだけなので、しっかり教育しましょう』

「ガラテアさん、なんか私怨が混じってない?」

『いえ、そんな事はありませんよ、ええ全く』


 絶対ウソだ。きっと何かあるぞ、これは。

 まあ彼女の古代王国の現役時代(?)のコトはさておきだ……。


「具体的にはどうする?」

『はい「ゴーレムを提供する」は、労働力の提供として定義します』

「ほう? きっとイチャモンをつけてくるが、それはどうする?」

『それですが、こういうのはどうでしょう? こうして、こう――』

「なるほど、そりゃ面白そうだ。やってみるか、くくく……」

『悪い笑い方をしていますね』

「言い出しっぺはお前だろ? とにかくやってみよう」


「おい! なんとか言ったらどうなんだレヴィン!!」

「へぇ、ただいま」


 俺は何事もなかったかのように、素直にギルドマスターに応対する。

 

「わかりましたギルドマスター、ゴーレムを提供しましょう」

「レ、レヴィンさん?」

「おおそうか、ではさっさと降りろこのクズ」

「はぁ? それではゴーレムを提供できませんが」


 俺はいったんは同意したが、それを翻し、涼しい顔で要求を拒絶する。

 当然、ギルドマスターは不快の色を隠さない。


「何を言っている、ついにボケたのか? お・り・ろ、と言っているんだ」

「はぁ、どうやらマスターと私の間に、ボタンの掛け違いみたいなのがあるようですね。ゴーレムの提供とは、ゴーレムの労働力の提供のことかと」


「バカなのは貴様だ。貴様はいらん。必要なのはゴーレムだ」

「では降りますけど、本当に良いんですか?」

「早くしろバカ、本当にグズだな貴様は。そんな頭の弱さだから、いつまでも底辺の冒険者なんだ」


「はぁ……じゃあ、本当に降りますよ」


 俺は彼女の胸甲を開くと、そのまま装甲のフチを伝って地面に降りる。

 そうすると、ガラテアがまるで感情のこもっていない声を発した。


『警告、搭乗者が不在です。機密保持のために自爆します』

「な、ななな?!」

「だから言ったでしょ?」

『半径20里を消失させる魔導爆弾の起爆まで、あと10……9……』


 爆弾の起動を告げる彼女の声で、ギルドは大パニックになった。悲鳴を上げる冒険者たちが、扉だけでなく、窓からも我先にと逃げ出し始める。


「まて! 乗る! わしが乗る!! どけクソジジイ!!」


 たるんだ腹を揺らして、ギルドマスターが必死にガラテアによじ登って乗り込もうとするが、その頑張りも虚しく、彼女によってぺっと吐き出された。


『無効な搭乗者です。現在の搭乗者はレヴィンです』

『魔導爆弾の起動まで、あと6…………5…………』


 わざとらしくカウントを遅らせて、ギルドマスターを焦らすガラテア。

 本ッ当にいい性格してるなコイツ。


「ジジイ! 早くのれ!」

「えー? でも降りろって……」

「レヴィン……さん! 乗ってください! はーやーくーーーー!!!」

「しょうがないなぁ」


 俺はできるだけゆっくり、のそのそと彼女の装甲をよじ登って、彼女の胸の中にある座席に収まる


「2…………1……正規の搭乗者を確認。魔導爆弾の起動を中断します」


 ふううううううと周囲の緊張が解けていくのがわかった。ギルドマスターにいたっては、なんか10歳ぐらい老けたパグ犬みたいな顔になっている。


 リケルは……俺たちに背中を向け、笑いを押し殺している。

 どうやら完全にこれがお芝居だとわかっているようだな。この子は廃墟で俺が降りた時のやり取りを見ていたから、この狂言に気付いたのだろう。


 そう、彼女に自爆装置なんか付いていない。

 これはガラテアが仕組んだ茶番だ。ゴーレムがどういうものか、それを知っている人間は今の時代にいない。彼女はそれを悪用したのだ。


 しかし、ここまで上手くハマるとは思わなかったな。


「だからいったじゃないですか」

「そんなことになると誰が思う、最初に説明しろ!! バカが!!」

「やっぱ降りよっかな? 乗ったままだと足痺れるし」

「お願いします、そのまま乗っていてください」


 ギルドマスターも態度がクルクル回って忙しいな。疲れないのかな。

 まあ、見てるぶんには楽しいからいいんだけど。


「では、ギルドにはゴーレムの労働力を提供するということでいいですね?」

「わかった、わかったから、そいつをどっか遠くにやってくれ!!」


 回りの冒険者も、ギルドマスターの声にコクコクと頷く。

 一斉に同じ動きをするから、まるでそういうオモチャみたいだ。


 彼女のハッタリは抜群に効いたようだな。

 ギルドにいる冒険者連中が、オレとゴーレムを見る目がまるで変わった。


 ついさっきまで、どいつも目をギラつかせ「どうやって奪おう」みたいな風だったのに、今のやり取りで完全にビビって目が宙を泳いでいる。

 それはそうだ。まさか操縦者のいなくなったゴーレムが爆発するとは思うまい。


 そして、乗り込もうとしたギルドマスターが吐き出されたせいで、奪ったとしてもオレ以外は乗れず、ゴーレムがまったく使い物にならないのも明らかになった。


 全部ウソだが、この場の連中はそれをすっかり信じ込んでいる。

 いや、すごいな。口先だけでオレの安全を確保しちゃったよガラテアさん。

 ほぼ最善手じゃないの? この手を打った彼女には、拍手したいくらいだな。


「遠征の報告は以上ってことで、帰ってもいいですか?」

「あ、あぁ……いや、待て!」

「なんです?」

「街の中にいたらいつ爆発するか分からんだろ! おまえは町の外で寝泊まりしろ!! これはギルドマスター命令だ!!」


 マスターの背後に居る冒険者たちも、一緒になってウンウンと首を振る。

 まぁ、それくらいなら構わんか……。


「でも、野宿はちょっとなぁ……」

「~~~!! わかった、わかったから、郊外にあるギルドの納屋を貸してやる。しばらくはそこで雨風をしのげ」


 俺はそういうギルドマスターから、でっかい鉄の鍵をもらった。

 あまり恨みを買ってもしょうがないし、このあたりにしておこう。


「ありがとうございます、ゴーレムの提供ですが……」

「頼むから出てってくれ!」


 というわけで、オレは追放ではなく、厄介払いで収まったようだ。

 まあどっちも似たようなもんか?


 ともかく今日の寝床は確保できたから良しとしよう。


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