突破前進

「……なんか様子がおかしくないか?」

『奇遇ですね、この感覚には覚えがあります。子どもたちを避難させましょう』

「リケル、聞いてたな?」

「あっ、はい! 皆、こっちに!!」


 俺はリケルに子どもたちを任せ、子どもたちを近くの茂みに移す。

 それが終わるか終わらないかだった、風を切って壁の上から何かが飛んで来た。


「うわっ!」

『払います!』


 ゴーレムが右腕を払って、飛んできた何かを小手で弾いた。

 細長い火花を散らして砕け散ったそれは、槍のように見えた。


「投げ槍? あんな距離から?」

『いえ、似ていますが違います。「バリスタ」という弩砲どほうです』

「どほー?」

『はい。クロスボウを大型化した支援兵器です』

「何でそんなもので撃たれる……どう考えても理由はお前か」

『でしょうね』


 ゴーレムと会話していると、次の太矢が飛んできた。

 しかし彼女は、それも事もなげに打ち払った。


『精度は少し高いようですが、根本的な部分は変わってませんね』

「すっげぇ」

『どうしましょう、太矢が切れるのを待ちますか?』

「それじゃ日が暮れちまうな……」


 俺はゴーレムの目を借りて、市壁の上のバリスタを見る。

 壁の上には矢を防ぐための出っ張り、胸壁が等間隔に置かれている。バリスタはその胸壁の間、すこし奥まった場所に配備されているようだ。


 バリスタの後ろの方では、兜をかぶった兵士さんが、必死にハンドルか何かを回して、どでかい弓を引いている。全くご苦労なことだ。


「ん、あれってたぶん……なあ、いっそのこと、こういうのはどうだ?」


 俺は「あるアイデア」をゴーレムに伝えてみる。

 すると、その手があったかと彼女は手を打った。


『単純ですが効果的です。それで行きましょう』

「よし、やるか」


 ――壁の上でハンドルを回していた俺は、騎士のバケモノの動きに気づいた。

 銀の騎士は手近にあった低木を掴み、根っこからむしっている。


「野郎、何を始めるつもりだ?」

「ウォレス、まだか!」

「いま巻き終わるとこだ!」


 ようやく巻き上げ終わったバリスタに太矢を装填して、留め金に留まっている砲縄を手にする。まさにその時だった、銀騎士は低木を両手で持つと、それを前に向け、俺たちの居る壁に向かって突進してきた。


(クソッ! 何のつもりかわからんが、食らいやがれ!)


 俺は鋼のバケモノに照準を合わせ、砲縄を引いた。


 ガチンと音がして金具が倒れ、弦が溜め込んだ力が開放される。荒縄は溝に乗った太矢の尻を押し飛ばし、太矢は真っ直ぐ獲物へと向かう。


 太矢の軌道は、銀騎士の胸当て、そのド真ん中を捉えている。


(いけ! いっちまえ!)


 ところが、銀騎士は前にかざしている梢を持ち上げると、それをしごくようにして回す。すると、太矢は重層する梢の枝に絡め取られ、勢いを失って地面に落ちてしまった。


(何だよそれ?!)


 俺は再度巻き上げ機に手をかけるが、これが無駄になるのは明らかだった。

 巻き終わる前に銀騎士は壁の真下、つまり、完全にバリスタの死角へ入った。

 こうなると、もう砲撃はできない。


(あいつはバリスタの対処の仕方を知ってる。ただのバケモンじゃないぞ?)


「どうするウォレス?」

「俺に聞くなよ!」


 俺の足元には、壁に取り付いた敵の頭に石を落とすための穴「石落とし」があるが、石を投げつけた程度でどうにかなる相手とは思えない。


「話が通じる相手には見えんしなぁ……」

「だよなぁ……」

『ぉーぃ』

「何か言ったか、ウィル?」

「いや、お前じゃないのか、ウォレス」

『ぉーぃ』

「「?!」」


 ――オレが呼びかけを何度か続けると、兵士がようやく気付いてくれた。

 胸壁の隙間から、恐る恐るこちらをうかがう彼らからは、驚きの声が飛んでくる。


「中に人が入っているのか?!」

「なぁ、なんか聞いたことある声だぞ?」

『オレだよ、レヴィンだ!』

「ウソだろ?!」

『うそじゃない……ええと、ウォレスと、ウィルだったっけか?

――今、顔を見せる。石を落としたりしないでくれよ』

「あ、あぁ……」


 オレは彼女の胸当てを開き、彼らに顔を見せる。

 すると二人は顔を凍りつかせ、お互いに顔を見合わせた。

 まさか本当に人が入っているとは思わなかったのだろう。


「一体何だよそれ」

『見ての通り、ゴーレムだよ。遺跡で見つけたんだ』

「マジかよ……」

『とにかく、中に入れてくれないか? 子供たちを待たせてる』

「あ、あぁ、わかった、まず誤報だって、警報を止めないと」

『よろしく頼むよ。騒がせてすまない』


 二人の兵士は首をすぼめ、壁の中に引っこんだ。

 それを見たオレは、もう大丈夫だろうと判断し、リケルたちに合図を送り、彼らにもう安全だということを伝えた。


「いやぁ、何とか上手いこといったな」

『誰も傷つかなくて良かったです』

「ああ。」


 しばらく待っていると、落とされていた門の格子が音を立てて引き上げられる。

 オレが子どもたちを連れて行くと、まあ、物珍しそうにじろじろ見られた。


 無理もない。

 動くゴーレムを見たのは、兵士たちも初めてだろうからな。


『この後はどうするんです?』

「一応、ギルドに報告しなきゃいかんのだが……気が重いなぁ」

『報告、ですか?』

「ああ、遺跡に行った冒険者は、ギルドに戻って報告する義務があるんだ」


「カンカンになって怒った帰ったゲルリッヒが、冷静にそれをやっているとは思えないからな。代わりに俺が報告をしないといけないだろ?」


『確かに。あの様子だと、家にそのまま帰っていてもおかしくないですね』


「子どもたちも一応っちゃなんだが、ゲルリッヒのパーティのメンバーだからな、無事の確認のため、ギルドに顔を出させないといけない」


『それって本来、あのゲルリッヒという人の仕事ですよね?』

「そうだよ! 何でアイツの尻拭いまで俺がやらないといけないんだ!」

『まぁまぁ、落ち着いて。子どもたちの顔を見てください』

「うん?」

『あの子達が家に帰れたのは、あなたに出会えた幸運があったからです』

「……」

『その誇りを胸にすれば、多少の面倒臭さなど――』

「それと事務手続きの押し付けに何の関係が?」

『妙なところで冷静にならないでください』


 ゴーレムの言うことも一理ある。ほんの僅かなもんだが。

 ただ、オレは不満に文句を言いたいだけだ。

 意味なんて無いし、本気で手続きのことを嫌がってるわけじゃない。


 ゴーレムもそれが判って、本気の説得をしていない。

 彼女は単に、オレのじゃれ合いに付き合ってるだけだ。たぶん。


「……ま、いいさ。面倒ごとを押し付けられるのには慣れてる」

『その意気です』

「いや、労働の押し付けはダメだろ」

『思った以上に手強いですね』

「お前の説得がダメダメなんだ。さ、行くぞ」

『はい』

「ありがとうな、多少は気が晴れた」

『――どういたしまして』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る