帰路

 俺は大量の山牛の肉を持って、リケルや少年少女たちと帰路についた。


 魔道具こそ見つからなかったが、この肉だって大した収穫だ。魔道具なんかより、むしろこっちのほうが、彼らの家族に喜ばれるかもしれない。


 それと、リケルはゲルリッヒのパーティを抜ける意志を固めたようだった。

 まあ、あんなことがあったなら当然だろう。

 

 問題はオレたちだ。

 「オレたち」というのは、このゴーレムのことだ。

 そう、つまり――


「リケル、このまま街に帰って大丈夫だと思うか?」

「うーん、無理だと思います……」


 山牛の肉をゴーレムに担がせ、街道を子どもたちと歩いていたのだが……。

 動くゴーレムを見たことがある人間なんて、この世にはいない。

 すれ違う人は腰を抜かすし、馬は興奮して立ち上がって乗り手をふり落とす。

 もう大騒ぎだ。


「絶対大騒ぎになるよな。」

『あなたの家や、親戚を頼るとかはできないのですか?』

「無ぇんだわ。その日その日の宿暮らしでな」

『レヴィンは浮浪者でしたか』

「わりとズケズケものを言うね、お前?」

『ゴーレムですので』


 俺は甲冑の内側から外を見た。

 不思議と目の前が見える。こいつの体に俺の体が覆われているはずなのに。


 それも自分がいる高さとは違う、より高い位置の視点で見える。

 つまりは、このゴーレムの視界が、俺の頭の中に直接入って来ているようだ。


 最初はこの感覚に慣れなかった。他人の目で物を見ているという感覚。

 それがひどく気持ち悪かった。


 しかし慣れてしまえばどうってことはない。自分の足で立っているときよりも、ずっと遠くを見つめることができるので、便利とさえ感じ始めていた。


 街道の先には、夕日を背景に街のシルエットが見える。

 悩んでも、このままだと夜になってしまうな……うーむ。


「子どもたちが居るし、いきなり弓を射かけられるようなことはないだろ」

『ではこのまま真っ直ぐ進みますか』

「おう、手土産に肉でも渡せば通してくれるだろ。そういえば――」

『なんです?』

「お前って何を喰うんだ?」

『強いて言えば……「夢」でしょうか』

「夢ェ?」


 あまりにも予想外な答えが帰ってきたので、素っ頓狂な声を上げてしまった。


 しかし、彼女の言葉に思いあたるものがあった。

 遺跡の地下で彼女と出会ったその時、オレは「夢見草」を噛んでいた。

 あれが彼女の食事になったのだろうか?


「夢っていうと俺が寝ている時に見る、あの夢か?」

『はい、その通りです。その夢が私達の食事のようなものです』

「信じられんな……第一、どうやって喰うんだ? 取り出すわけにはいかんぞ」

『はい。ですので、あなたの夢の中にお邪魔して――』

「俺を喰うのか?!」

『いえ、お話とか、遊んだりですかね?』

「はぁ? そんなんでいいのか」

『はい』


 彼女が俺を騙してるとは思えんが……あまりにもよくわからん。

 ぶっちゃけ、ゴーレム自体よく分からんけど。そういうもんなのか?


 ともかく、彼女は俺の夢の中に入って、何かするらしい。恐ろしい気もするが、夢の中に知り合いが来るというのは、すこし楽しみな気もする。

 うーむ……あ!


「俺が悪夢を見たらどうするんだ? オバケをやっつけたり?」

『……できるだけ楽しい夢を見てくれたらと』

「そっかー」


 彼女とそんな馬鹿話をしていたら、だいぶ城壁が近づいてきた。

 ちょっと手でもふってみるか。


★★★


 街の衛兵ウォレスは、街を取り囲む高い壁の上にいた。

 彼は胸壁により掛かり、交代までの時間を潰していたが、あまりにも暇すぎる。

 そのせいか、どうにも眠気を抑えきれず、大きなあくびが出た。

 あまりにも大きく口を開けたせいで、彼が被っていた円錐状の兜がずり落ちる。


「っと! 危ねっ!!」


 ――もう少しで壁の下に落っことす所だったぜ。

 ったく……。無くしたらどやされるどころじゃ済まないからな。

 ふぅと息をつくと、一部始終を見ていた相棒のウィルが鼻を鳴らした。


「なんだよ?」

「戦かもって話なのに、暇だよなぁ」

「嫌な話すんなよ」

「悪い。でも不安なんだよ」

「わかるけどさ」


 うちの国はいま隣国と揉めている。

 境界線にある土地や畑を巡って、競って麦を刈り合ったり、村人をさらったり。

 まあお互いハチャメチャやってるんだが、それがいい加減頭にきたらしい。

 いつ始まってもおかしくないっていう段に来ている……らしい。


 俺の横にあるこのバカでかいクロスボウのバケモン、「バリスタ」が壁に据え付けられ始めたのも、隣国との戦の準備のためだって噂されている。


 一体これで何と戦うんだって感じだが、コイツがぶっ放す槍みたいな太矢なら、重鎧を着込んだ騎士だろうが、山牛みたいなバケモンもイチコロだ。


 隣国もこういうのを見て、すっぱり諦めてくれりゃぁ良いんだがな。


 俺は何の気無しにバリスタの照準器から景色を覗いた。

 コイツは最新式で、ガラス片を使った拡大鏡がついている。自分の目で見るより遠くを見れるので、俺はたまにこれを使って気晴らしに遊ぶのだ。


 夕焼けに染まる平原、牙のように突き出た石が見える。

 いつもと変わらない街道……いつもと……ん?!


「おい、あれはなんだ?」


 明らかになんか変なのが居る。赤い夕日に体の半分を染めた、銀色の騎士だ。

 しかし何かがおかしい。騎士は足元に子供を連れている。


 子供のサイズから見ると、騎士は人間よりずっと大きい。

 そこらへんの家の高さくらいあるかもしれない。


「騎士? なんか妙にデカイぞ?」

「……なんだありゃ?!」


 俺の声で異常に気づき、ウィルも自分のバリスタを覗いて、それを見たようだ。

 

 俺が銀の騎士を見ていると、やつは手を振ってきた。

 どうやらヤツは、既にこちらに気づいているらしい。なんてこった!!


 あの子どもたちは、きっと捕虜か何かに違いない。こうしてはおられん!

 懐からホイッスルを取り出し、俺は力いっぱい息を吹き込む。

 それを背景に、ウィルの高い声が城壁から市街に響いた。

 

「――警報ぉぉぉぉ!!!」


★★★

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