酒の肴


「ゲルリッヒ団長!」


「あ、うん今いくよ」


 オレは口をつけたジョッキ越しに、ゲルリッヒを呼んだ子供を見た。

 十四,五歳ってところだろうか?


 栗色の髪の毛に、リンゴのような赤い頬をもった少年。決して美男ではないが、素朴な顔立ちに邪気はなく、ぱっと見好感が持てる顔だった。


「そいつは、見習いか?」


「いえ、リケルはうちの正式な団員です。彼は今回の探索に参加する予定です」


「本気か? まだ子供じゃないか」


「ええ、うちでは若い子たちにもチャンスを与えようと思って、そうしてます!」


「その様子だと、遺跡に入るのは、今回が初めてか?」


「はい! 僕は冒険者として……初めての探索に出ます!」


 ゲルリッヒと少年は自信満々に言っているが、冗談だろ?


 何人で行く気かは知らんが、最初の冒険で半分は死ぬ。

 それを知らないゲルリッヒではないはずだ。やつは本当に正気か?


「レヴィンさんも行ってくれるんですよね?」


 何を吹き込まれたのか知らないが、少年は目を輝かせてオレを見る。


 ゲルリッヒはそれにわざとらしく嘆息して見せ、「リケル、彼は――」と、そう言いかけるのだが……。


「まて、気が変わった。今回だけだ、今回だけはついて行こう」


 オレはそう言ってしまった。


「本当ですかレヴィンさん、助かります」


 ニヤリといった笑い方をしたゲルリッヒに、オレは嫌なものを感じた。

 だが。この際仕方がない。

 オレはゲルリッヒの探索に同行することにした。


 子供が死ぬとわかっていながら、それを送り出すのは流石に夢見が悪い。


 一応危険を教えるよう努力はするが、何人か死ぬかもしれん。

 だが、この少年たちにはそれで冒険者として生きるのを諦めてもらいたかった。


 遺跡は彼らが思うような場所ではない。

 物語の英雄に憧れて、宝探しをするような所ではないのだ。



「はぁ」


 彼らが酒場を後にして帰った後、レヴィンはひとりため息をついた。

 そんな彼に声をかけたのは、酒場の主人のドミコフだった。


「コイツはおごりだ」と言って、ドミコフは注文していなかった酒とつまみをレヴィンのテーブルに並べた。


「ありがとうオッサン」


「オッサンはお前もだろ? しかし嫌になるな、あの若造。」


「ゲルリッヒのことか?」


「ああそうだ。あの小僧、見た目と人当たりは良いが、嫌な感じがするよ」

 

 ――酒場の主人は、ゲルリッヒが腰掛けていたテーブルの向こうを片付け、布巾で拭いた。冒険者のレヴィンと、この酒場の主人のドミコフは、昔馴染みの間柄になる。


 この街で冒険者を始め、最初にもらった金を握りしめた彼が入ったのが、この店「クズ拾いの腰掛け」だった。


 彼は浮ついた気分が後押しになって、うっかり飲み食いしすぎた。

 そして最初の報酬では全く支払いが足らなくなった。


 ――だが、ドミコフは田舎から出てきたぺーぺー丸出しのレヴィンを見て、黙ってツケにしたのだ。


 それからというもの、レヴィンはこの店に通い詰めている。


 恩返しのつもりではない。

 気持ちのいい店主の店に通いたい、ただそう思ってのことだった。


「育ちが良さそうだし、最初はただの世間知らずかと思ったんだが……」


「いやぁレヴィン、ありゃわかってやってるよ。自分以外が阿呆だと思っているタイプだ」


「あいつは一体どこのどちら様なんだ?とても冒険者ってタイプには見えないが」


 ふむと考え込むような仕草をしたドミコフは、声を絞って話し始めた。


「噂じゃゲルリッヒは、マジの貴族様らしい」


 ドミコフは酒場の主をやっているだけあって、耳ざとい。

 酔っ払い共の些細な情報を聞きつけ、物事の輪郭を組み立てているのだ。


「ほら、歴史家で有名なサラゴサ子爵家があるだろう?

――ゲルニッヒは、その家のご嫡男らしい」


「サラゴサ家? なら、冒険者を使えばいいだけの話じゃないか」


 サラゴサ子爵家は、遺跡を狙う冒険者なら誰もが知っている。


 あそこはいわゆる「お得意様」だ。あの家は廃墟から掘り起こされる魔道具に限らず、歴史的な資料に対しても高値をつける。一見クズに見えても、石板ひとつにとんでもない値段が付くこともある。


 だからこそ解らない。


 プロを使えばいい話で、現にこれまでそうしてきた。

 なぜ素人同然の子どもたちの集め、しかも嫡男直々に危険な遺跡に向かうのだ?


 危険極まりないではないか。

 遺跡が子供の遊び場でないのは、重々承知のはずだ。


「そこまでは知らんよ」

「ただのお遊びかもしれんし……本気で冒険者を始める気かもしれん」

「どっちにせよ、とっとと縁を切ったほうが良いぜ。あの手合は」


「ああ、知ってるよ」


「ならどうしてケツの青い連中の下働きなんぞについて行こうと思った?」


「ゲルリッヒにひっついてるあの子供の目、見たか?」


「――ああ、よく見るやつだ」

「知らん世界に入って、そこで出会った最初の人間を信じきった目だ」


「ああ、オレもこれは死ぬなと思った。そう思ったら、それを変えたくなった」


「お人好しとは思っていたが、そこまでいくとバカだぞ?」


「……知っているよ」

「オレはただ、砂糖細工みたいな甘い夢を子供に語って、地獄に叩き落とそうとするゲルリッヒが気に食わないんだ」

「人生の教訓のために、命まで失う必要はないだろ?」


「別に夢を見たって良いとおもうがね、お前さんも最初はそうだったろ?」


「まぁな。で、ひどい目にあった」


「夢なんてそんなもんさ。夢は叶っちまえば現実になる。そしてその先をどうすればいいかでみんな苦労する」


「オッサンの夢はこの店だったか?」


「あぁ」


 なら、オレの夢はなんだろうかとレヴィンは思った。


 少なくとも、今のような状態は夢見てなかった。


 年若いころ、冒険者になろうとしたのは、成功を夢見たからだ。

 しかしいつしか、その成功を手にとろうと努力することもやめていた。


 努力したが、仲間と思った人間が裏切る場面を何度も見た。

 以来、意識的に、成功から自分の身を遠ざけようとしていた。


 彼ら、リケルやゲルリッヒはかつての自分を見るようだった。

 野心に満ち溢れた目をしている。


 彼らが自分のようになるのか、それとも自分より上に行くのか?

 はたまた大多数の冒険者のように、野たれ死んで忘れ去られるのか。


 苦い考えをさかなにしたその日は、いつもより酒がすすんだ。


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