ゴーレム

 後日、ゲルリッヒの率いたパーティに参加したレヴィンは、唖然としていた。


 総勢十数名と言うその多さもだが、自分を除いた以外のメンバーは、ほぼ少年少女といっていい面子だったからだ。

 レヴィンの他には10代の子供だけ。その中間が全くいなかったのだ。


 ゲルリッヒはズブの素人だけ集めて、ベテラン一人を用意すればそれで十分とでも思ったのだろうか?


 これでは生贄を捧げるようなものだとレヴィンは思った。


 解ってやっているのならば邪悪すぎるし、わかっていないのだとしたら阿呆すぎる。彼はめまいがする思いだった。


 まさかこの全員の世話をレヴィン一人でやれるはずもない。


 遺跡は遊び場じゃない。自分の言葉に従ってくれないようであれば、見捨てるより他は無いと思うと、とても暗い気持ちになった。


 応急手当の仕方はおろか、荷物のまとめ方すら知らない子どもたちに、彼はアレコレとお手本を見せた。使い道のないものはカバンの底に入れ、火口や水筒は取り出しやすいように上に入れる。


 まるで先生にでもなった気分だが、やらなければどうしようもない。

 なにせゲルリッヒはこんなことすら教える気がないのだ。

 甘い言葉を囁いておいて、無責任がすぎる。

 自分以外にこのパーティに参加する他のベテランがいないのも当然だと思った。

 

 さて、ゲルリッヒが率いるパーティが向かった遺跡は、「王の廃墟」と呼ばれる場所だった。見晴らしの良い小高い丘の上にあり、害になる生物、いわゆるモンスターも少ない。


 初心者が攻略するには程よい場所だ。

 それは逆を言えば、すでに盗掘されつくしていて、目立ったものが見つかる可能性は低いということでもあった。


 土産物屋に並ぶような品が見つかれば、御の字といったところだ。

 色付きで光る石だとか、きれいな音のなる輪っかだとか、毒にも薬にもならないようなオモチャ程度のものしか見つからないだろうが、それで満足した方が良い。


 未盗掘エリアというのは、罠や防衛装置が生きていて、大層危険な場所だ。

 素人同然の彼らが、とても足を踏み入れていい場所ではない。


「レヴィンさん、あれってなんですか?」


 オレは名前を呼ばれ、旅着のリケルが指さしたものを見る。

 少年の細い指の先にあったのは、道に従って点々と存在する苔むした石像だ。


 苔むした石像のようだが、教会や街にある石像とは雰囲気が違う。とても大きな、人を象った像だ。人の形をしているが、その大きさは人よりもずっと大きかった。

 

「あれはゴーレムだな。最近の子供は知らないか?」


「おとぎ話で聞いたことはありますけど、見るのは初めてです」


「そうか、あれは古代の王国が使ってたゴーレムってやつだ」

「爺さんの爺さんより、さらに昔はアレで畑を耕してたって話だ」


「本当ですか?」


「ああ、色んなポーズを取っているやつがあるだろ?」


 レヴィンが言うように、遺跡まで続く道なりにある像たちは、各々いろんなポーズを取っていた。


 地面を耕すような仕草のもの、何かを持ち上げようとした姿勢で固まったもの。そしてなにをしようとしているのか、全くわからないものと言った具合だ。


「あ、あれなんか、確かにそれっぽいですね?」


 リケルはあるポーズの石像を指さした。

 それは見た感じ、クワか何かを振り下ろしているようにも見てとれる。


「だろう?」


「でもなんか……どれもボロボロですね?腕が取れてたり、頭がついてなかったり」


 リケルが言うように、通りすがりに見るゴーレムに、完全な姿をしたものはなかった。手足が取れ、ひっくり返っているものまである。


「昔の冒険者は、アレから鉄やら真鍮やらを剥ぎ取って街で売ってたらしい」

「今残っているのは、取る意味もない、粘土や石ばかりさ」


「そうなんですか? 魔道具を取るだけが冒険者じゃなかったんですね」


「ああ。結構金になったらしい。今じゃ金になる部分を剥げるようなゴーレムは、ほとんど残っていないけどな」


「どこかに完璧なゴーレムが残っていたりするんでしょうか?」


「残っているとしたら、誰一人たどり着けない遺跡の最深部だろうな」

「もしかしたらまだ生きていて……襲いかかってくるかもな?」


 ごくりと生唾を飲み込むリケルに、レヴィンはハハハと笑ってみせた。


「心配するな、オレも冒険者になって長いが、完全なゴーレムは見たことがない」


「脅かさないでくださいよ」


「ハハ、悪い悪い。さて、ようやく目的地についたぞ。ここが『王の廃墟』だ」


 一行の目の前に広がっていたのは、石造りの建物がいくつも点々と存在する廃墟の街だった。


 屋根が落ち、壁だけが残った建物からは、広い葉を持つ草木が繁茂はんもし、薄い板状の瓦の代わりに、青々としたこずえが屋根の代わりになっている。


 石畳で作られた道の周りは往時の姿を色濃く残しているが、外周から少しずつ削られるかのように、この街はゆっくりと自然に帰ろうとしていた。


 レヴィンは見慣れた風景を見回して、初心者たちが探索するなら、この地上部分が良いだろうと思った。


 この「王の廃墟」には大規模な地下街もあるのだが、そちらは熟練者でも寄り付かない。


 廃墟の地下は暗く、人工的な建物は特徴がないために、とにかく迷いやすい。

 決して、初心者が入り込んで良い場所ではないのだが……。


「よし、皆! これから地下街に向かうぞ!」


 そう勇ましい声を上げたのは、他の誰でもないリーダーのゲルリッヒだ。

 このバカは何を考えているのかと、レヴィンは頭をかきむしりたくなった。


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