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「スタンリーキューブリックが監督をしている映画はありますかね。」
その⽼いた紳⼠はいった。できればSF 三部作のうちどれかがあるといい、とも言った。
紳士は老いてはいたものの、過ごした月日を自分の味方につけたもの特有の雰囲気を放っていた。考えうる限り、最高の年のとり方をした老人であった。
私は、その作品ならあると思う、と答えてその⽼紳⼠を待たせ、三部作を含めたその監督の数枚のディスクを棚から抜き取り、カウンターに戻った。
⾼級な黒いスーツに洒落た柄の⻩⾊いネクタイをしめたその⼩柄な⽼⼈はその⽩く豊かな⼝髭の端っこをつまんで弄り悩みながら、長い時間をかけてその中の⼆枚を選び、貸し出しの料⾦を払った。
その紳⼠はそれからも定期的にこの店に通い続けた。
だいたい六日に⼀度の頻度で店に姿を現し⼆枚か三枚のディスクを借りた。多くは海外の映画だったが、たまに⽇本の映画も混ざっていた。そして借りる映画たちのジャンルは多岐に渡っていた。恋愛やSF 、ファンタジー、ノンフィクション、コメディ、果てはホラー映画まで。
「残念なことに歳をとると感性が⽯のように固く凝ってきます。そして感情を過度に揺らすのがだんだんと⾟くなってきます。私にとってこの年になっても感情を揺らせるかどうかを確認することは、他ならない私の精神にとって⼤切なのです。この年になっても映画を見続けるのはそれ故です」
店を訪れ続ける理由を尋ねると彼はそんな趣旨のことを髭を振るわせながらゆっくりと述べた。彼と交換した意⾒には納得できる事柄が幾分か含まれていた。私はそれらを裏紙に書き留めておいたのだが、気づいたときにはなくしてしまっていた。
今思い起こせば、彼には唯一の癖と言える事があった。レジを通すディスクのパッケージを見つめながら、彼はよく口をもごもごさせていた。口をもごもごさせると同時にその髭ももごもごと動いていたのを今でもよく憶えている。
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