あるDVDレンタル屋の話

sir.ルンバ


 三年間、フリーターをしている。

 フリーター、つまり定職につかずにホコリみたいにフワフワしているわけだ。今ついている職はレンタルDVD 店の店員をしている。草臥れて髪の⽑も寂しくなった中年が個⼈で経営しているこの店で毎⽇毎⽇、まるで機械みたいにカウンターの中で接客をする。


 「風の歌を聴け」にレコード屋で働く⼥の⼦が登場するが、ここで働くと彼⼥の気持ちがよくわかる。東京都⼼にに存在するとはいえ、たくさんの客がくるわけではない。結果としてここで働く店員は結果的にまるで⽜かなんかのようにのんびりととっぷり暇を⻝むことになる。

 

 インターネットが普及してしまった以上、レンタル業界も斜陽産業と呼ばれつつある。わざわざ店に来るよりもサブスクかなんかで映画を⾒た⽅がもちろん便利なのだ。だから私は誰もが忘れ去ったような寂れた場所でのんびり暇に暮らしているわけだ。


 私がこの固い椅⼦に座り暇な時間を過ごしている間、世の⼈は家で映画の映る画⾯を熱心に眺めている。それが少しばかり奇妙に思える。

 この職場もそう悪いものではなかった。近所にはカラオケ屋も⼤きな道路や線路も存在しないから普段からわりあい静かだ。平⽇の昼間なんてその最たるもので、ほとんど⼈が来ない上に、周りの建物も死んだように沈黙しているから、ほとんど⾳が聞こえない。

 店⻑の⽅針でこの店には⾳が出るようなスクリーンもおかない。BGM も流さないか、⼩さな⾳でクラシックかジャズを流すばかりだ。そんなことだから本を読んだりするにはすばらしくいい場所になる。だからここで私は本当によく本を読んだ。もちろん仕事はあるから、それを済ませて、カウンターのところに積み上げた⽂庫本に⼿をつけるのだ。


 売るほどある暇を明かすためには本が最適である。携帯性の⾼い⽂庫本となれば尚更だった。希少な品を求めて海外に出張ばかりしている店主のこともあって、この店の業務は私が殆どすべて担当していた。しかしながら、ほとんど⼈の来ない店の管理業務なんて甚だ簡単なものである。

 帳簿をつけ、延滞した客に通知ハガキを送り、返却されたディスクを棚のケースの中に納める。カタログを眺めてめぼしいものに印をつける。レンタルショップにありがちな⻑い開店時間のはじめにこれらの仕事を済ませ、そのあとはカウンターの内側で読書に没頭した。その沈黙は、来店する数人の客に対して愛想良く接客をするときだけ途切れた。


 幸いなことに昔から孤独を嫌がるたちでもなかったから、退屈で静かな時間はちっとも苦痛でなかった。それに本の世界に耽溺していれば、そんな時間は⾶ぶように過ぎた。そんな感じで唸るほど⼿元にあった時間を私は⻝い潰していった。



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