第17話「水神伝説」
学校から帰ると、みんなで僕の部屋に集まった。
「なるほど。話は分かった」
あぐらで腕組をしたテッちゃんが頷いた。
今日は中学も登校日だったので、彼は制服を着ている。
カーテンの隙間から差し込んだ西日が、彼の銀縁メガネをきらりと反射させた。
「団地の不可思議な断水。そして俺達が給水塔で目撃した雨男。この2つの事実は無関係とは思えない。この水ノ宮市に未知の脅威が迫っているのかもしれない……」とつぶやいて、突然ドンッ!と床を叩く。
お盆に置いたコップの中で、麦茶の氷がからから音を立てた。
「ほっとけないじゃないか! こんなときこそオカルト研究会の出番だっ!」
テッちゃんの勢いに、僕とアオイは「おお」とのけぞった。
「こらー? 何の音ー?」
階下から母さんの声がして「すいません! なんでもないでーす!」と彼はおどおど返事をした。
「でも俺たちに何ができるかなぁ」
僕は首をひねる。
「ま・ず・は、雨男の正体だよ。それが分かれば、本当に断水と関係あるか判るだろ?」
「そうかもしれないけど……スラスター探しは?」
「そうデス。我々はあれ無しでは未来に帰れないのデス!」
アオイの肩に乗ったフロッディが抗議した。
「雨男の手がかりを探して歩くことは、結果的にスラスター探しにもなるはずだ」とテッちゃんは都合のいいことを言う。
内に隠した好奇心がダダ漏れの主張だけど、実際僕は団地のことも心配だった。
「どうする? アオイ」
僕が様子を伺うように聞くと、意外にも彼女は「いいわ」とあっさり言った。
「博士!」と叫んだフロッディの口を手のひらで押さえ、もう一方の手で人差し指を立てながら、こう続けた。
「ただし! また給水塔の丘に行くのは危険よ。得体が知れないからこそ直接接触は避けるべきだわ」
「ふっふっふ。その心配はいらない。他に見当はつけてある」
テッちゃんは何やら自信ありげだ。
「見当って?」と僕が尋ねると、彼は学生カバンから何かを取り出した。
「これを見てくれ」
差し出された紙を見て、僕とアオイは「あ、これ!」と顔を見合わせた。
それは水神祭のチラシだった。今日学校で配られたのと同じものだ。
「知ってたか? この町には、水の神様がいたって伝説があるんだぜ。それを祀ってるのが水ノ宮神社だって話だ」
「水の神様……?」
僕の疑問にテッちゃんは頷く。
「雨男の手がかりになりそうなことをネットで調べてた時に、たまたま俺も知ったんだけどな。町の年寄りの間では、水神様の名で親しまれてるらしい。ほら、ハイランドクリニックの先生もお参りに行ったって言ってたろ」
テッちゃんに言われて、クリニックにアオイを連れていった日のことを思い出した。
──だからか。水神って響きに聞き覚えがあったのは。先生は水ノ宮神社に行ってたんだ。
「どんな神様なの?」
今度はアオイが聞いた。
「なんでも、雨を降らすことができたらしい」
「雨って、まさか……」
僕がはっとすると、テッちゃんは得意げにニヤリとした。
「いいか? これをオカルト的な視点で見ると、伝説のはじまりには、そのような存在が本当にいたんじゃないか?と考えるわけだ。そして今もそいつはこの町のどこかで生きているかもしれない、と……」
怪談でも語るように彼は声をひそめて話す。
その迫力に僕はごくりとツバを呑んだ。
気づけば、普段理科の先生みたいな話し方をするアオイでさえ前のめりになって聞いている。
「水ノ宮神社は、給水塔の丘のすぐ隣にある。丘で雨男と出遭ったのは、ただの偶然じゃないかもしれない!」
テッちゃんは僕とアオイの前にチラシをビシッと突きつける。
「お祭りというのは、神様に感謝を表すためのもの。この水神祭には町の言い伝えに詳しい人間もきっと大勢来る。水神の正体、いや雨男の正体に迫る絶好の機会かもしれない!」
「かもしれない」が多いのが気になるけれど、他に雨男の手がかりになりそうなアテもない。
──それに……。
僕はちらりとアオイを見て、決意を固める。
「……行こう! 夏祭りに!」
「おぉ! 純平、いつになくやる気だな!」
「行かないんじゃなかったの? 純平」とアオイが覗き込むように僕を見る。
「町に危機が迫ってるかもしれないんだっ!」
耳が赤くなるのを感じる。
そっとアオイを見ると、彼女は「ふーん」と言って微笑んだ。
「よし! 決まりだな! 行くぞ〜、オカ研諸君!」
いつの間にかアオイもオカ研にされていて、僕は苦笑したけれど、当の彼女は「おー!」と笑顔で手を挙げるのだった。
こうして僕らは水神祭へ行くこととなる。
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