第13話「遭遇」
青草をかきわけると、ショウリョウバッタが勢いよく飛んでいった。もう何度目の空振りだろう、と思う。
首のうしろに刺すような熱を感じる。頭上を覆う枝葉から、するどい木漏れ日が差しているのだ。
給水塔の丘で捜索を始めて、もう10日あまり。
宇宙船の反重力スラスターは、一向に見つからなかった。
手の甲で頬の汗を拭い、ぼんやりアオイを眺めた。
アオイは地面を探すでもなく、木の幹をじっと見つめていた。
風が丘を吹き抜ける。白いおでこを透かした前髪が楽しげに揺れた。ナノロボットでできた服のおかげだろうか。こんな時でも彼女は涼しい顔をしている。
「純平! ねぇ、来て!」
何か見つけたらしいアオイが「こっちこっち」と手招きした。
なぜだかうれしくなった僕は、小走りで駆けよった。
「どうしたの?」
「ほら、あそこ」
アオイが立っていたのは、まっすぐと伸びたクヌギの下だった。
彼女が指差す方を見上げると、ゴツゴツとした幹に黒っぽい何かがくっついているのがわかった。葉の隙間で瞬く太陽に、目の奥が痛むのを感じながら、僕はじっとそれを見つめた。
「あ! あれって……」
焦げ茶色の体に、力強い角と6本足──カブトムシだ。
遠目から見ても、かなり大きい。
「ね。純平、好きでしょ」
アオイに笑いかけられて、僕はうなずいた。
──でも
「あれじゃあ、届かないなぁ」
カブトムシは、遥か頭上の幹にしがみついていた。たとえ虫取り網があっても、届かないほどの高さだ。
「大丈夫。お姉さんに任せなさい」
アオイは、得意げに胸を張ると、白い手を伸ばして、そっと空をつかむような仕草をした。
するとカブトムシは、見えない手で捕らえられたように幹から離れ、もぞもぞと足を動かしながら宙を降りてきた。
ナノロボットでつかんだのだ。
風を操るようなゆったりした手つきで、彼女が腕を下ろす。
カブトムシは、僕の両手にふわりと収まった。
「はい」
「あ、ありがとう」
僕がお礼を言うと、アオイは微笑んだ。
と、同時に手のひらにチクリとした痛みが走った。
「いちちち! こら! 爪を立てるなって!」
カブトムシがカギ爪を引っかけたのだ。
「あはははは」
そんな僕を見て、アオイはけらけら笑った。
必死でカブトムシをはがそうとしていると、テッちゃんの声がした。
「おーい。そっちはどうだー?」
彼は「うお、カブトムシ! でっか!」と感心したあと「違う、違う。お前ら、真面目に探せよな」と思い出したように言った。
今度は3人で笑った。
結局、今朝もスラスターは見つからず、秘密基地で休むことにした。
僕らが秘密基地と呼ぶのは、宇宙船の墜落現場だ。丘の斜面にあって、外からは見えない内緒の場所。
みんながくつろげるように品物もそろえていた。タンスの隙間で埃をかぶっていたキッズテントに、テッちゃんがどこからか拾ってきたアウトドアチェア。使わなくなったものでも並べてみると立派な基地に思えた。
「おっ、鮭。うまっ」
テッちゃんがおにぎりを頬張りながら、つぶやいた。
「あ、梅」
アオイも目をつむって「う〜ん」と頬に手をあてる。
おにぎりは今朝、母さんが握ってくれたものだ。アオイたちのことも、スラスター探しのことも、何も言わずに毎日出かけているのに、最近母さんはキゲンがいい。
ラップをはがして、僕も一口食べてみる。
ほどよい塩気が動きまわった体にしみわたっていった。
こんなにおいしかったっけ、と思った。
そこへラジコン飛行機のような翼を取りつけたフロッディが宇宙船の上に着地した。
彼はアマガエルのような体で、僕らが行けない場所を探索している。
「どうだった? フロッディ」
アオイがたずねると、フロッディは「ダメデスネ。手がかり一つ見つかりマセン」と言って、仰向けに寝そべってしまった。
どんな言葉をかけるべきか僕が迷っていると、アオイは「きっと大丈夫よ」と小さくつぶやいた。
それは、自分に言い聞かせるための言葉のようでもあり、何か確信めいた響きをもった不思議な言い方でもあった。
「しっかし、どこいったんだろうなぁ。この丘、まだ探せてないところあったか?」
アウトドアチェアにもたれかかかったテッちゃんが「うーん」と両手を伸ばしながらぼやく。
僕らが歩ける範囲では、隈なく探した。
傾斜のキツイ場所もフロッディに見てもらったから、丘の上はほとんど見れたはずだ。
まだ探せていないとすれば──
「あ……」
「どうした? 純平」
「そういえば、あそこは探してないよね」
「「あそこ?」」
テッちゃんとアオイがそろって首をかしげる。
コンクリートの階段を登りながら、僕はダンジョンのことを考えた。
鬱蒼とした雑木林のトンネルの向こうに、まばゆく光る出口がある。
立ち入り禁止の文字に威圧され、雨男探しをあきらめた場所。僕らが探せてないとすれば、給水塔がある丘のてっぺんしかない。
後ろから、アオイがついてくる。
太ももが熱くなっていた。
──あと少し。
勇ましくなった僕は、出口の先にきっとあるスラスターを求めて、最後の一段を踏もうとした──けれど、目の前の異様な光景を見るなり、身動きできなくなった。
冷たい汗がどっと噴き出し、心臓が胸の内側をドンドンと叩く。
僕が突然止まったので、背中にアオイがぶつかった。
「ちょっと。純──」
「シッ!」
慌ててアオイの口を押さえ、人差し指を立てる。
アオイは怪訝そうに眉をひそめたけれど、僕の手が震えているのに気づいたのか、大きな黒目を小きざみに揺らした。
僕らは身をかがめ、階段の向こうをそっと覗いた。
給水塔は海底に沈んだ古代遺跡のようだった。陽の光に透けたエメラルドグリーンの中にゆらゆらとそびえ立っていた。
けれど、丘の上に海があるはずもなかった。
給水塔の敷地内に水のような物体が居すわっているのだ。
ピキピキ……!
丸みを帯びた巨大な物体は奇妙な音をたてながら、膨らんでは縮んでいる。その度に全身から白い息──いや冷気を吐いて、辺りをひんやりさせた。
「あれは一体……」
小さくつぶやいたアオイの声は震えていた。
あれが何なのか、僕にはもう解っていた。
「雨男……」
僕がごくりとつばを飲んだとき、後ろからテッちゃんのうなだれる声がした。
「あーもう。この階段、オタク向きじゃないわぁ」
──やばい!
ピキピキ……!
また奇妙な音がした。
物体は、みるみるうちに首のない人型に変わっていった。
関節のない両腕がゆっくりと頭部を練りあげると、雨男は僕らを見下ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます