第11話「一緒に探そう」

 湿った地面に埋もれかけた宇宙船は、まるで宿主を失った蝉の抜け殻みたいだ。

 土の中でずっと空を夢見ていたのに、地表に出たきり力尽きてしまった幼虫のようでもある。

 ふいに僕は、死んだ虫の濁った目の色を思い出した。


「フロッディ。船の状態を教えてくれる?」


 アオイの声がして、頭の中の映像がふっと消えた。


 宇宙船のキャノピーの上に乗ったフロッディが「ハイ! 博士」と敬礼するみたいに小さな前脚を挙げる。


「……言語インターフェースを始めとする各インターフェースの不具合が発生してイマス。これによりAI、または手動による動作制御に問題がありマス。また左の反重力スラスターが欠損しており、現状では高重力場であるワームホール内を移動することは不可能であると推測できマス」

「なるほど……。スラスターは、予備を使えば何とかなりそうね? 全体の修復には、それなりに時間がかかりそうだけど」

「そうデスネ。一ヶ月ほどかかりますが、ナノロボットで修復可能だと思いマス」

「一ヶ月か……。帰り道が開くまでには、ぎりぎりってとこね」


 アオイは、さらりとした髪が垂れかかったこめかみを指先で押さえながら、何かを計算するような顔をした。


 フロッディたちの会話は難しくて、聞きなれない言葉も多かった。

 テッちゃんがこっちを向いて「なんとかなるみたいだな」と顔を緩めたので、僕もほっと息を吐いた。


「どうしてこんなにぼろぼろに?」と僕は聞いてみた。


「ワームホールを通過しているときに、トラブルがあったのよ。船の反重力計算に突然ずれが生じたの。フロッディ、事故原因を分析できる?」


 きりりとした眉を少し寄せながら話すアオイは、僕よりうんと年上に見えた。


「事故の影響でデータの一部に欠損がありマス。残存するデータによれば、事故直前に船内で予期しない重量の検知がありマシタ」


 フロッディはそう答えたけれど、アオイは納得いかなそうに「うーん」と考え込む顔をした。


「重量の検知があると、どうしていけないんだ?」


 口を挟んだのは、テッちゃんだった。

 よくこんな難しい会話に入っていこうと思えるな、と僕は感心してしまう。


「ワームホールの中は、非常に強力な重力が吹き荒れてイマス。普通の宇宙船がそこに入ることは、例えるならば生身の人間が竜巻の中に入るような行為なのデス。ワタシたちの宇宙船には、反重力スラスターが搭載されており、ワームホール内の重力を相殺しながら航行できマス。ただし吹き荒れる高重力に対する反重力計算は非常に繊細で、ささいな重量が加わっただけで、ずれが生じてしまうのデス」

「なるほど。つまり一瞬の計算のずれが、事故につながったってわけか」


 テッちゃんが腕組をしながら、握った片手をあごにあてる。

 僕もなんとなく理解できたような気がした。

 

「でも」とアオイが言った。


「宇宙空間を飛んでいる船の中で、新たな重さが加わるなんてあり得ないわ。ちょっと、フロッディ。その検知記録、本当に合ってるの?」

「なんデスカ! 博士は、ワタシが間違ってるって言うんデスカ!」

「だって! おかしいじゃない!」


 さっきまでの大人びた口調が嘘のように、アオイはムキになって言った。


「ワタシだってそう思いマスケド!」


 フロッディも四角くなった黒目を吊り上げて言い返す。


「ま、まぁまぁ」


 2人の間に入ろうとして、僕はおろおろする。

 

「お、おい。落ち着けよ」とテッちゃんも言った。


「「ふん!」」


 アオイとフロッディは、お互いにぷいっとそっぽを向いてしまった。


 ──ケンカしたり、心配し合ったり、いそがしいな。この2人は。でも、なんだか……わかるかも。


 僕とテッちゃんは、顔を見合わせると、お互い笑って首をかしげてみせた。


「先ほどから数十万件のテストを実行してイマスガ、反重力計算プログラムに不具合は確認できマセン。事故直前のログにもエラーはありマセンデシタヨ」

「じゃあ、何かが船内に突然現れたって言うの?」

「そうなりマスネ。ちなみに検知元は、貨物室デス」

「貨物室?」


 アオイは首をかしげ、宇宙船の背後に回っていった。

 フロッディも船の上をピョンピョン跳ねながら、彼女についていく。


「どうしたんだ?」


 テッちゃんが怪訝そうにたずねた。


「ここ、船の予備の部品を入れておく場所なの。あれ、開いてる……」


 アオイが指さしたのは、オタマジャクシみたいな船体の頭の後ろだった。

 そこに車のトランクを思わせるドアがついている。

 丸みを帯びた船体に沿うように造られた扉を、彼女が引き上げると、その奥には見た目よりずっと広々としたスペースがあった。

 林間学校に持っていったボストンバッグ5つくらい入れてもまだ余りそうな広さだ。

 雨水が入ってしまったのか、中は水浸しだった。


「ちょっと待って。フロッディ、どうして開いてるの? それに予備のスラスターがない……」

「……わかりマセン。事故による故障で、船体制御ができなかったことが原因かもしれマセン」

「航行中に開いたとすれば、どこかに落ちたのね……。最悪、宇宙かもしれない。ごめんなさい、フロッディ。まさか、こんなことになるなんて……」

「いいえ、博士……。ワタシが船を守れていれば……」


 フロッディが目を閉じて、うつむく。

 アオイの顔は、ひどく青ざめていた。


「あの。それ探すの手伝えるかな」


 僕が聞くと、彼女は「え?」と潤んだ瞳をこっちに向けた。


「それがないと困るんだろ?」

 

 テッちゃんが僕の肩に手を回して言ったので、僕は笑いながらそれを肘で押し返す。


「いいの……?」

「全然! 僕らに手伝えるなら」

「……ありがとう。あなたたちには助けられてばっかりね」

「ううん。そういえば、自己紹介してなかったよね。僕の名前は──」

「隅野純平?」

「えっ……。あ、うん」


 言い終わるより前に、アオイに言われてしまった。


「あなたは、隣野照彦?」

「お、おお……」


 続いて言い当てられたテッちゃんが、きょとんとして頷く。

 

「どうして分かったの?」


 僕がたずねると、彼女はあごに手をあて、しばらく間を置いてから「そう呼び合ってるのを聞いたから」と答えた。


「……そっか」


 ──フルネームで呼んだっけ。


「そういえば、肝心なこと聞いてなかったよな。どうしてこんな危険を冒してまで、タイムトラベルしたんだ?」


 テッちゃんが思い出したようにたずねた。

 そうだった。アオイたちは、なぜこの時代に来たのだろう。

 

「それは──」


 言いかけて、なぜだか彼女は頬を赤くした。

 喉まで通りかけた言葉を、直前で変換したみたいに「──えっと」と言ったきり、黙ってしまった。


「そ、それより探しものを手伝わないと!」


 僕が無理やり話題をかえると、テッちゃんも察したように「あ、ああ。そうだな」と頷いてみせた。

 アオイは、かすかな声で「ありがと」と言ったようだった。


「しかし、これからどうする? 純平。その予備の部品を探すにしても、すぐ見つかるか分からないし、少なくとも修理に一ヶ月だろ?」


 そうだ。探しものをしながら、アオイたちが過ごせるようにしなきゃいけない。

 僕の頭には、ある一つのイメージが浮かんでいた。


「それについてなんだけどね。ナノロボットってまだ沢山ある?」 

「うん、あるけど」

 

 僕の質問に、アオイは不思議そうに黒い瞳を丸くする。

 

「よし……。うん、それだ。それしかないよね」


 心の中で「これは人助けなんだ」と唱えて、僕は頷く。


「どうした? 純平、耳赤いぞ?」


 テッちゃんが眉をよせて、覗き込んできた。


「赤くないっ!」


 ──そう。これは人助けなのだ。

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