第6話「助けなきゃ」

 「うっ、宇宙船だって...?」


 僕が丸い目を隣に向けると、テッちゃんも同じ目をして首を振った。


 「時間が...ありまセン。名前も知らない子どもたち...君たちにお願いが...ありマス...博士を......」


 やわらかい男性の声が途切れ途切れになり、やがてヘッドライトの明滅が止んだ。


 「おい、どうした? 博士が何だって!?」


 テッちゃんが問いかけても、返事はない。光を失った大きな船体は、闇の中に佇む岩のようだった。


 宇宙船の声は、人間とは違う落ちつきがあった。だけど必死だった。誰かを助けたい、そんな風に聞こえた。

 誰か――。僕は、張り付くようにしてキャノピーの中を覗きこむ。


 「おい、純平?」

 「テッちゃん、中に誰かいるよ!」

 「ま、まじ? 宇宙人?」


 天蓋の向こうに、うっすらと人影が見える。この人が、宇宙船の――。

 

 「わかんない! でも、なんか変だよ!」


 中の人影は、ちっとも動かない。僕は、キャノピーをドンドンと拳で叩いた。


 「おーい! おーい! 大丈夫かぁ!?」


 張り上げた声は、遠くで反響するばかりで、返事はない。


 「純平、ここ見てみろ」


 テッちゃんが指さした先を見ると、キャノピーの下にわずかに隙間が空いている。


 「テッちゃん、開けるよ」

 「おっ、おう」


 2人で隙間に手を入れて持ち上げようとする。


 「ふーん! ふーん!」

 「おらぁー!...全然あがんねぇ...」


 2人がかりでもビクともしない。手のひらがジーンと痛む。

 ふと宇宙船の側面から、回路みたいなものが露出しているのに気づいた。傷ついて、開けたくても開けられなかったのか。


 (何かないか?)

 辺りを見渡す。

 すると、宇宙船の背後に、木が倒れているのが見えた。ここに不時着した時に、ぶつかったのかもしれない。真っ直ぐでゴツゴツした樹皮、クヌギだ。


 「あれなら...。テッちゃん、手を貸して!」

 「よし、任せろ」


 2人で倒木を持ち上げて、キャノピーの隙間へ突っ込む。


 息を合わせて、下へ思い切り力を込める。テコの原理だ。


 「せーのっ! ふん!」


 「もう一度いくよ!」

 「おう!」


 「せーのっ!」


 少しずつキャノピーが上へ上がっていく。


 「もうちょっとだ! いくぞ」

 「うん!」


 「「せーーーーーーーのっ!」」


 渾身の力を込めて、クヌギを下へ押した。

 キャノピーが勢いよく上がり、宇宙船がショートしたみたいに激しく火花を散らした。


 「...開いた...! はぁはぁ...」


 薄い煙に包まれたコクピットがゆっくりと露わになっていき、やがて中に座る人影が見えた。

 それを見て、僕は思わずどきりとした。

 宇宙服と呼ぶにはあまりにも薄い、スキューバーダイビングのスーツのようなものを纏い、その人は眠っていた。

 前髪もまとめて、高めに結い上げたポニーテール。形の整った眉の下で、長いまつげを携えた瞳が固く閉じられている。


 「女の子だ...」

 「まじかよ...」テッちゃんも驚きの声を漏らす。


 女の人だと言わなかったのは、その寝顔にまだあどけなさがあり、僕とそう変わらないように見えたからだった。


 「おい、なんか苦しそうじゃないか?」


 テッちゃんの声で、はっとした。

 よく見れば、彼女は、おでこに玉の汗が浮かべ、ハッハッと肩で息をしている。

 

 「ねぇ...大丈夫...ですか?」


 恐る恐る肩をぽんぽんと叩いてみると、女の子は「うぅ...」と小さく呻いた。

 

 「...水......」

 「水? 喉が渇いてるのかな」

 僕は、デイパックから水筒を取り出し、麦茶を注いだキャップを彼女の口元に差し出した。


 「ほら、麦茶だよ」


 けれど彼女は、自分から動く様子がなく、飲もうとしない。

 仕方なく頭の後ろに手を回し、支えながら口へ注いでやる。すると、女の子は、うっうっと小さく喉を鳴らして飲み始めた。同時に、手のひらに伝わる体温が異常に高いことに気づいた。


 「すごい熱...どうしよう、テッちゃん」

 「うーん...こういう時は、救急車か? あーダメだ、俺たちケータイ持ってないじゃん」

 「なんで中学生なのに持ってないの」

 「お前とくらいしか連絡取らないし。第一、トランシーバーで事足りてるだろ」

 「あー、もう」


 ここから市民病院までは、自転車を漕いでも30分はかかる。


 その時、頭のてっぺんに、ぽつりと水滴が落ちてきて、僕は思わず「ひゃあ」と間抜けな声をあげた。

 見上げると、いつの間か黒い雲が空を覆っている。雨粒が宇宙船の船体をトンテンカンと鳴らし、次第にその音を強めていく。


 「うわ、降ってきた。くっそ、こんな時に」


 キャップの麦茶を飲み干しても、女の子は相変わらず苦しそうに息をしている。


 「時間がありまセン」宇宙船の声が頭の中でこだまする。


 「テッちゃん、この子連れて行こうよ」

 「連れてくって、おま...家にか?」

 「ここに置いてったら死んじゃうよ。宇宙船は、きっとそれを伝えたかったんだ」


 やらなきゃ、身体がそう叫んでいるような感覚だった。

 僕がまっすぐテッちゃんの目を見つめていると、彼は少し間を置いてから目を伏せて、ボサボサ頭を掻いた。


 「わかったよ。たくっ。ただし! 俺たちの家に連れて行っても診れない。行くのは、ハイランドクリニックだ」

 「テッちゃん...ありがとう」


 2人で、女の子を宇宙船のコクピットから慎重に運び出した。

 まず僕がおんぶしようと試みた。けれど、彼女が一向にしがみつこうとしないので、歩くたびにずり落ちてしまった。

 「体力には俺も自信ないんだけど」と言いつつ、今度はテッちゃんがおんぶする。


 「ちょっと待って」

 「どうするんだ?」


 僕は、デイパックの肩紐を目一杯伸ばして、それを女の子をおぶったままのテッちゃんに背負わせ、胸の留め具をカチッと留めた。


 「おお」

 「これでいける?」

 「うん。さっきよりおんぶしやすい」


 振り向くと、宇宙船のヘッドライトがかすかに光ったように見えた。


 「行こう。テッちゃん」


 さっき滑り落ちた斜面を木の幹につかまりながら登り、僕らは送電鉄塔の足元をあとにした。

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