第5話「鋼鉄のオタマジャクシ」
「何か分かったら、また来るよ」
そう告げて悠と別れ、給水塔の丘を登っていた。
「はぁー。この傾斜、オタクには
テッちゃんが、肩で息をしながら文句を言う。
「給水塔って、こんな道、通らなきゃ行けないんだっけっ」
頭のてっぺんまで生い茂った雑木林の木々を見上げて、僕は聞いた。
頭上に気を取られていたら、危うく滑りそうになり、慌てて体勢を立て直す。足元の土が雨を吸って、湿ったままなのだ。
「気をつけろよ、純平。俺たちが行ったことあるのは、家の方から上がる道だよ。ほら、純平んとこのおじさんと昔カブトムシ捕りに行ったろ」
「ああ、あの時の」
そうだ。僕の知ってる道は、アスファルトで舗装されていたし、もっと緩やかだった。
低学年の頃、父さんに連れられて、クヌギの木にお手製の蜜を塗った。日が暮れてから、ドキドキしながら見に行ったけど、カナブンやカミキリムシしか獲れなかったっけ。
辺りの木々は、背が高い上に幹も太くて力強い。こっちだったらカブトムシを捕まえられたかなとぼんやり考えながら、僕は歩みを進めた。
頂上近くまで登ると、僕の知るもう一つのルートと合流し、そこからはコンクリートの階段が続いていた。
両脚は、すっかり重くなっていたけど、前を歩くテッちゃんの背中を見ていると、あと少し頑張ろうと思えた。
「もうすぐ頂上だ...。大丈夫かー? 純平」
振り返ったテッちゃんの背後に、ぽつんと佇む給水塔の影が見えた。
「大っ丈夫...!うおーー!」
僕は、馬鹿みたいに大声を出しながら、テッちゃんを勢いよく追い抜かした。
「一番頂きー!」
「あっ、純平! ずりー!」
残りの階段を一気に駆け上がると、頭上を覆っていた木々がパッとなくなり、ピンクがかった雲の浮かぶ青空が一面に広がった。そんなパノラマを背景に、水ノ宮給水塔がそびえ立っている。
水色に塗られた給水塔は、丸底のフラスコを逆さにしたような形をしていた。
「はぁはぁ...でかぁ...」
「はぁー、しんどー。うお、給水塔でかいなぁ...はぁはぁ...」
遅れてやってきたテッちゃんも感嘆の声を漏らす。
美しいと思った。家、学校、団地、僕が知ってる建物は、どれも直線でできてたんだと気づかされる。曲線で作られた給水塔は、美術館のオブジェのようでもあり、他の惑星の建造物という感じもした。
「初めて見た」
「そういえば、カブトを捕りに来た時は、ここまで来なかったもんなぁ」
「だからかぁ」
「げ。てか、これ」
テッちゃんが目の前の柵に打ち付けられた看板を指さした。
そこには、赤字で「立ち入り禁止。中に入ることはできません。この先立ち入ると法律で罰せられます」と書かれていた。
柵の先っぽも槍のように尖っており、いかにも入るな!と言われているようだった。
「えー、入れないじゃん」
「うわぁ、まじかぁ。もう少しで、雨男に辿り着けたかもしれないのに」
僕らは、法律・罰という文字の力に縛り付けられたように、しばらく階段に座り込み、途方に暮れた。
いつの間にかヒグラシがカナカナ鳴く声が聞こえる。
「うーん、帰るかぁ」
テッちゃんが大きく伸びをする。
「うん」
何かが始まりそうだったのに。
明日から変わり映えしない長い連休になりそうだ。
悠には、なんて言おうか。
でも、もし本当に雨男が危険な存在なら、これで良かったんだろうか。
疲れきった頭で、そんなことを考えた。
「大分暗くなってきたな。行こう、純平」
テッちゃんが先に階段を降り始めて、僕も立ち上がった。
ゴゴゴ......
背後で何かが低く唸った気がした。
慌てて、給水塔を振り返ったけど、特に変わりはない。
気づけば、ピンクがかっていた雲は赤く染まり、給水塔の後ろから夕闇がすぐそこまで迫っていた。
「おーい、純平。何してんだー? 行こうぜー」
「あ、うん」
なんとなく怖くなった僕は、そそくさとテッちゃんの後を追いかけた。
ただでさえ鬱蒼としていた雑木林の中だ。日没が近づいたこの時間では、木漏れ日もわずかしかない。来た道を下りながら、後ろから何かに追われているような焦りに囚われた。
「あー、自転車! くそっ、戻るしかないか」
テッちゃんの言葉で、団地に自転車を停めていたのを思い出した。階段が途切れ、分かれ道になっているところで、テッちゃんが来た道を進む。
「待ってよ、テッちゃん」
「急ごう、純平。足元見えなくなるぞ」
湿った土の坂を滑らないように急ぐのは、とても難しかった。得体の知れないものが背後から迫ってくる、そんな感覚が、足場を選ぶのを許してくれなかった。
背後でバサバサッと鳥の羽音が響き、思わずびくりとした。瞬間、ぬかるみに足を奪われ、背中を打ちつけた。
「いでっ!」
「純平!?」
両手で地面を掴もうとしても勢いは止まらず、僕の身体はまるでウォータースライダーでも滑るみたいな姿勢で、手すりを潜り抜ける。
「うわっうわあああああああ! 助けてぇ!」
人が死ぬ時に見るという走馬灯。そんなものは、見えなかった。目の前にあるのは、宇宙の深淵みたいな底無しの闇!
...ではなかった。僕のお尻は、すぐに地面に辿り着いた。
「いててて...」
「じゅんぺーい! 大丈夫かぁー!?」
上の方から、テッちゃんの声がする。
「...なんとかー!」
お尻と背中が少し痛いけど、大したことなさそうだ。
改めて辺りを見ると、そこは小さな広場のような空間になっており、真ん中に送電鉄塔が立っていた。そのまわりを木々が囲んでいる。なんだか秘密基地みたいだな、と思った。
ヂチッ...!
「うわっ!」
送電鉄塔の足元で、青白い光が瞬くのが見えた。
「何...?」
夕闇に包まれた丘は、一層薄暗くなり、数メートル先も見づらい。目を凝らしていると、再び鋭い音がして、ほんの一瞬辺りを照らした。
何かある。
僕は、送電鉄塔の方へ恐る恐る歩み寄った。
ロボットの駆動音のようなウィーンウィーンという音も聞こえてくる。
やがて音のする方までたどり着くと、見上げるほど大きな物体が地面に埋もれているのが分かった。
「おーい! 上がってこれるかぁー?」
テッちゃんの声が響く。
「ちょっと来て!!」
僕は、はやる気持ちを抑えきれず、叫んだ。
テッちゃんが木の幹に掴まりながら、急斜面をそろそろと降りてきた。
「ったく、何があんだよ」
「これ見て」
僕が目の前を指さすと同時に、電光が薄闇を切り裂いた。
「ひっ! な、なんだぁ?」
「何かの乗り物みたいなんだ」
物体は、鋼鉄でできたオタマジャクシみたいだった。ずんぐりとした球体の後ろに尻尾みたいな太い突起物が伸びている。
大きさは、ワンボックスカーくらいありそうだ。
地面に埋もれかけているけれど、見たところタイヤも翼もなさそうだ。それでも乗り物だと思ったのは、球体の部分に丸みを帯びた窓、キャノピーが付いていたからだった。
乗り物は、何度もウィーンウィーンという駆動音を鳴らしながら、火花を散らしている。
「純平、これ何なんだ...?」
テッちゃんが興奮と戸惑いが入り混じった顔をこちらを向ける。
「俺にもわかんない。UFO...かな?」
僕が首をひねると、足元で「この時代では、そう呼ばれるのも自然なことデスネ」と誰かが呟いた。
「おわ!?」「だ、誰?」
僕らは、思わず尻もちをついた。
「はじめマシテ...2004年の子どもたち」
声の主は、目の前の乗り物だった。低くやさしい男性の声だ。球体の正面についた左右のヘッドライトが、その語りに呼応するかのように黄色く明滅した。
「...君は、誰?」
僕は息を呑み込んで聞いた。隣でテッちゃんもごくりと喉を鳴らす。
「ワタシは...フロッディ。この...宇宙船に搭載された...AIデス」
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