第2話「オカルト研究会」

 昨夜ゆうべは、遅くまで雨が降っていたと母さんが言っていたけど、アスファルトは鉄板みたいで、水たまり一つ見当たらない。

 午後になっても、頭上に居座ろうとする太陽を恨めしく思いながら、丘にある家までの道をまっすぐ歩いた。


 夏休みというだけでワクワクした気分になるけど、これと言って予定があるわけじゃない。

 毎年、今年こそは何かでかいことをと意気込んでは、何も計画せず、夏を迎えてしまう。小学6年生になった今年も、いつもと同じ。何もない夏休みだ。

 クラスメートは、遊園地とかキャンプに行くって言っていたっけ。そんなことを考えていると、自分が急に惨めに思えてくる。


 せっかくの夏休みなんだ。こんな気持ちでいるのは勿体ない。

 僕は、ノートに描いたロボットの続きを考えようと家路を急いだ。


 家に着くと、道具箱や防災頭巾なんかを詰め込んだ手提げとランドセルを放り投げ、すぐさま冷蔵庫に向かった。

 コップに入った麦茶を取り出して、熱くなった喉に一気に流し込む。


 「はあぁー、生き返るぅー」


 「帰ったのー?」


 庭の方から、母さんの声がする。洗濯物を取り込んでいるのだ。


 「ただいまー」


 それだけ言って、転がっていたランドセルからノートを取り出し、2階の自室へと向かった。

 さぁ最強のロボットを考えるぞ、と勢い付いたのも束の間。階段を登るうち僕の情熱はみるみるしぼんでいってしまった。

 2階の空間全体に、蒸し蒸しとした熱気が立ち込めている。

 特に西向きの窓がある僕の部屋は、外よりも暑い。


 「ねぇー、窓開けといてよー」


 母さんに文句を垂れたけど、その声は届かなかった。

 

ガーピーーー...

「ああー、応答せよ、応答せよ。純平、帰ったか?どうぞ」


 勉強机の上に置いてあるトランシーバーが鳴っている。

 「帰ったよ。どうぞ」と応答しながら、カーテンを開けると、向かいの窓からテッちゃんが手を挙げるのが見えた。


 「ビッグニュースがあるんだ。早くこっち来いよ。どうぞ」

 「へいへい。今行くよ」


 テッちゃんのニュースは、いつものことだけど、“ ビッグ ”を付けるのは、珍しい。なんだろうと思いながら、階段を駆け降りる。


 「行ってきまーす」

 「テッちゃんのとこー?」

 「あーい」


 そうして、5分と経たず、また玄関を出た。


 僕がテッちゃんと呼ぶ隣野照彦りんのてるひこは、2つ歳上の中学2年生だ。

 家が隣りで、物心つく前からお互いの家を行き来していた。きっとこういう間柄をクサレエンというのだと思う。


 僕の家の庭を挟んだ向かいにある6畳の洋間は、エアコンが効いていて、見慣れた光景が広がっていた。UFOやUMAの模型がパソコンデスクに並べられ、僕の背よりも高い本棚には「巨石文明の謎」「タイムトラベルとUFOの関係」などの見出しで飾られた雑誌がぎっしり詰まっている。


 「おう、来たか。純平」


 テッちゃんは、椅子を回転させ、パソコンと向き合っていた身体をこちらに向けた。

 ボサボサに伸びきった髪に銀縁メガネ。制服のズボンから、すぐにはみ出てしまうYシャツの裾。中学に行っても、相変わらずイケてない風貌を見ると、僕はなんだかホッとする。


 「もう帰ってたの?」

 「オカ研は、いつもまっすぐ帰宅だろ」


 オカ研というのは、オカルト研究会の略称だ。研究会といっても、メンバーはテッちゃんと僕しかいない。

 父親の影響で大のオカルトオタクであるテッちゃんに半ば強制で入れられたのだけど、放課後遊ぶ友達もろくにいない僕にとっては、正直有難いものだった。


 「お、持ってきたのか。見せろよ、空想ノート」


 テッちゃんが空想ノートと呼ぶのは、さっきロボットを描いていたノートのことだ。

 僕が手渡すと「おお、かっこいいな!このロボット」などとぶつぶつ言いながら、彼はパラパラとページをめくった。


 「空想ノートも大分書き溜めたろ?」

 「うーん、7冊目くらいかな?」

 「そんだけアイディアあるならさ、なんか作れそうだよな」

 「なんかって?」

 「うーん、そうだな。漫画とか?純平、絵上手いし」


 意外な言葉をかけられて、僕は首を捻った。ただ空想の世界を広げていくのが楽しくてやっていたことで、それを作品にするなんてことは考えたことがなかったからだ。

 そりゃ本屋に置かれたり、テレビで放送されたり、誰かに届く作品を自分も作れたらいいなとは思うけど、学校の勉強もめっきりな僕には、そんな大層なものを作れる気がしない。

 それにいくらクサレエンの間柄でもノートをずっと見られるのは、恥ずかしくなってくる。

 僕は、ノートを半ば強引に奪い返して聞いた。


 「それより、ビッグニュースって何なの?」

 「よくぞ聞いてくれた。これを見てくれ」


 テッちゃんがデスクトップパソコンの画面の方に手招きする。


 「これ、なに?」

 「電子掲示板。しかもオカルト専門の」

 「へぇ。で、これが何なの?」

 「ここ見てくれよ」


 彼は、一つの投稿を指差した。

 それは、こんな内容だった。


101:すごいものを目撃しました。水みたいに透明な身体をした巨人です。雨の中、うちの団地をうろうろしてました。しばらくすると、消えてしまいました。何か分かる人いますか?(2004/07/20 23:18:11)

 

 「えー。これ、本当かなぁ?」

 「この掲示板、リアルタイムで面白い相談投稿があってさ。俺、いつも張ってるんだ。で、昨夜ゆうべこの投稿があったから質問してみた」


 テッちゃんが、マウスで掲示板を下へスクロールすると、他の投稿が見えた。


102:大変興味深いです。巨人ってどのくらい大きいんですか?(2004/07/20 23:19:03)


103:3メートルくらい?もっとあるかもしれません。UMAっていうやつですか?(2004/07/20 23:20:01)


104:大きい!水のような身体のUMAは聞いたことありませんね。完全な新種かもしれません。ちなみどこで目撃したんですか?(2004/07/20 23:20:52)


105 :水ノ宮市の水ノ宮団地ですよ(2004/07/20 23:22:13)

 

 「え。近所じゃん!」


 水ノ宮団地というのは、僕らの住宅地と目と鼻の先にある場所だ。


 「そうなんだよ。世界的にも未だ目撃さえされていなかったUMAが近くにいるかもしれないんだぜ」

 「まじなの?」

 「だからさ、それを確かめるんだよ。俺たちオカ研の出番だと思わないか?」


 急に胸がドクドクするのを感じる。


 「怖いか?純平」

 「正直...めちゃくちゃワクワクする...!」

 「だよな! 俺たちで雨男を調べてやろうぜ!」

 「雨男?」

 「雪男みたいな感じで」


 こうして僕らは、謎のUMA“ 雨男 ”を探しに行くことになった。

 

 世界中に響き渡るような蝉の声と、見慣れた町並みの向こうに悠然と聳え立つ入道雲。

 神様がいるなら、たった今夏を作り終えたところかな、とぼんやり考えた。


 「今日、最高気温更新らしいぞ」


 家を出たばかりなのに、テッちゃんは頬から大粒の汗を流している。


 「夏ですなぁ」

 「さいですわぁ」


 僕らは、自転車に跨り、水ノ宮団地へと向かった。

 何かが始まる、そんな予感がしていた。

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