第1話「夏休みの始まり」

 線のない真っ白なノートに鉛筆を走らせる。

 ずんぐりとした胴体。コクピットを覆うキャノピー。両肩には巨大ミサイル。たくましい腕の一方は人間のような五本指。もう一方にはバズーカ砲を搭載したロボットだ。


 筆箱から水色の色鉛筆を取り出して、片腕の砲口からエネルギー弾が今にも発射されそうに光るのを描き足した。

 ──両脚は、そうだなぁ。超スピードで飛び回れる高性能スラスターがほしい。

 ボディの各部から矢印を引っ張って、説明を書き加えていく。


「スラスターは宇宙空間をも自在に飛ぶことができ……」

「すみーのー」

「現代科学をはるかに超える速さを実現……」

「すみぃいーのーー」

「またボディは特殊超合金でできており、あらゆる環境に……」

隅野純平すみのじゅんぺい!」

「は、はいぃ!」

 慌てて起立する。

 教室中から、どっと笑い声があがった。


「さっきから何をぶつぶつ言っとるんだ。まだ夏休みじゃないぞ」

 熊センが呆れ返った目で、こちらを見ている。熊川先生、略して熊センは、生えかけて青くなったアゴひげの上で、唇をへの字に曲げた。

「す、すいません……」

「気が早いぞー、隅野ー!」

 クラスの男子たちがはやし立て、女子のクスクス笑う声が響く。


「静かに!」

 のぶとい声で、教室はしんとした。

「まだ夏休みではない。が、もうあと五分だな」

 みんなが先生の次の言葉を待つのが分かった。

「帰りの支度をしよう」

 やれやれとばかりに熊センが言うと、静まりかえった教室から歓声が上がり、それぞれに支度を始めた。


 チャイムが鳴るや否や「さよならー」「さよならー」とみんなが駆け出していく。

 僕もそれに続こうとすると、

「隅野!」

「は、はい! 先生」

 足は走らせたまま、その場で停止した。

「返事は大変よろしい」

 熊のような大きな顔が僕を見下ろした。


「こういう夏はもう来ない。来年からは中学生なんだ。小学生のうちに小学校の勉強は、よーく復習しておくように。そのための」

「夏休みの宿題……ですか?」

 熊センは「その通り……」と言って息を吐き、また唇をへの字にした。

「わかりました……。さ、さよならー!」

 僕は、くるりと身をひるがえし、駆け出した。


 昇降口を抜けると、誰かが蹴ったサッカーボールが、青い空を目がけて飛んでいくのが見えた。

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