その言葉を読みもしないで
神凪
君のことを
「おはよう!」
「ああ、おはよう。
春の風に吹かれて、僕は幼馴染みとそんな挨拶を交わした。なんでもない、いつも通りの風景だ。
けれど、今日は少しだけ特別な日だ。高校の入学式。いつも一緒にいて、当たり前のように同じ高校に入ることになった。
「楽しみだねー、馴染めるかなぁ」
「凪咲なら大丈夫だよ」
だって、君は周りのことをよく見ているから。もしかしたらそうやって過ごしているのは疲れてしまうかもしれないけれど、きっと大丈夫だ。だけど、僕は凪咲が意外と繊細なことを知っている。本当に言いたいことを口で言えなかったり、そんなところがあることを知っている。
そんな凪咲が誰かと楽しそうにしているのを見るのは好きだ。
「ゆーちゃん?」
「そろそろゆーちゃんはやめないか? 僕もちょっと恥ずかしいんだけど」
「うーん、頑張りはするけど……すぐにやめられなかったらごめんね」
「まあ、凪咲がやめようとしてくれるならいいよ」
昔からずっとそうやって呼んできたのだ、やめろと言ってすぐにやめられるものでもないだろう。ただ、ゆーちゃんという呼び方が今更恥ずかしくなってきただけだ。
「じゃあ、行こっか。えっと、
「ん」
そうして僕たちは、いつも通りに二人で並んで歩き始めた。
高校になっても変わらない歩幅に、二人で笑ってみたり。でもいつもと違う通学路に咲く桜に足を止めてみたり。そんないつもとは少しだけ違う道に心を躍らせていた。
学校に着くと、クラス分けが発表されていた。先に教室に行かないといけないようで、案内があちこちに張り出されている。
「あ、ゆー……くん! 同じだね」
「あ、ほんとだ。今年もよろしくな」
「うんっ!」
正直なところ、凪咲よりも僕の方が周りと話せるか不安だ。あまり人と話すのは得意ではないし、人に話を合わせるのも苦手だ。だから、凪咲がいてくれるなら少し安心できる。
入学式はやっぱり退屈だった。校長の話は長いし、別に中身のある話をしてくれるわけでもない。そんな時間を終えて教室に戻ると、凪咲は既に友人たちと話し込んでいた。
「……よかったな」
つい口元が緩んでしまう。凪咲がそうやって笑っていてくれると、僕も少しだけ嬉しくなれる。幼馴染みなのに喧嘩もせずよくずっと仲良くしていられるな、と言われることもあるけど、こうして凪咲が笑っているのを見ているのは好きだ。
さて、僕も誰かと仲良くならないと。一人になるのは好きじゃない。
「よう! お前前の席だよな? これからよろしく!」
「えっ。あ、よろしく」
声をかけられた僕を見て、凪咲もほっとしたように笑っていた。僕もそれなりには上手くやっていけそうだ。
一ヶ月ほど経つと、授業には慣れてきた。でも、つまらないなと感じる授業もある。眠い。
そんなときは決まって斜め後ろの方から紙が飛んでくる。
「……またか」
綺麗に折りたたまれた紙には一言だけメッセージ。もちろん凪咲の仕業だ。僕がつまらないと感じている授業はたいてい凪咲も面白くないらしく、そういうときはこうして手紙を投げてちょっかいを出してくる。席の配置の関係上、僕から返信する術はない。
紙を開くと『帰り寄り道しよー』てかわいらしい文字で書かれていた。一応校則で寄り道は禁止されてるんだけどな。でも、そんなくだらないことを書いて飛ばされる手紙が僕はそれほど嫌いじゃない。
「んじゃあ三木! ここわかるかー?」
「あ、はい! えーっと……」
僕が先生に当てられている間に凪咲は次の手紙を用意していた。
その手紙が飛んできたのは、授業終わりのチャイムが鳴るとほぼ同時だった。
「おいー、お前らやっぱりそういうのか?」
「なっ……違うよ!」
席が近かった、僕の高校に入っての最初の友人はそんなふうに茶化してきた。咄嗟に凪咲から飛ばされた手紙をぐちゃぐちゃにして、ゴミ箱に捨てた。その日、誘ってきておいて凪咲は僕を置いて帰った。
翌朝。僕はいつも通り凪咲を待っていた。少し悪いことをしてしまった自覚もあるので、謝っておきたい気持ちもあった。
「……あ」
「お、はよう。凪咲」
「……うんっ! おはよう、結くん! あ、先に行ってていいよ! うん、また勘違いされたら困るしね!」
「その、なぎ……」
「行ってよ」
いつも通りの笑顔。明るくてかわいくて、僕が一番好きな笑顔。そのはずなのに、凪咲から言われる言葉がつらかった。
凪咲に言われた通り学校に行くと、僕の机の中にはぐちゃぐちゃになった紙が入っていた。
「あー……わり、なんか。あいつの様子おかしかったから。それ。うん、わり」
「えっ?」
拾ってくれたのだろうか。そうは言ってもいつものくだらない内容だろうから、少し申し訳ない気持ちにもなる。
手紙を開く。可愛らしい字で、少し大きな字で。『やっぱりゆーちゃんといるのが一番楽しいな』って。
「……なんで」
なんでそんなことを手紙なんかで。なんでそんなことを言葉で伝えてくれなかったんだ。そんなことを言ってしまいそうになった。勝手に凪咲のことを誰よりも知っているような顔をしておいて、凪咲がこんなことを口に出して言える性格じゃないと知っていたのに。
「おはよー」
「あっ……なぎ……」
「えっ、みんなどーしたのー?」
それから凪咲と僕は、卒業までほとんど話すことはなかった。
そうして、僕は大学生になった。
「ゆーちゃーん……部屋は片付けてよー」
「ごめんって」
三年間の溝のようなものはどこへやら。僕と凪咲は、大学の近くのアパートを借りていた。たまたま進学先が重なったし今更気を遣うこともないだろうと、なんと互いの両親が勝手に僕たちを二人で住まわせることに決めていた。僕たちが高校三年間を他人のように過ごしてきたことも知らずに。
「仕方ないなー、わたしが片付けとくよ。あ、パンツどうしよ」
「さすがにそれは洗濯してるよ……」
今思えば僕たちの様子がおかしいことくらいとっくに気づいていたのかもしれない。それでもこの方法はどうかと思うけれど。
住むことが決まって、まずは謝った。手紙を捨ててごめん、凪咲のことをわかっているようなこと言って傷つけてごめん。そして、そんなことを三年間も謝らないでごめん。
そうしたら、凪咲も謝ってきた。そういうのが恥ずかしいことくらい内心ではわかってたけどしてしまったと。口で伝えるのが下手でごめん、と。
結局、どちらが悪いという話ではなくなって、これからもまた一緒にいようということになった。ぐちゃぐちゃになった三年間は、そんな少しの会話でなかったことになった。
「ゆーちゃん」
「ん?」
「なんか、すっごく楽しいねっ!」
「そうだね」
今度こそ、誰よりも君のことを大切にしていると言えるように。この時間を大切にしていこうと思う。
その言葉を読みもしないで 神凪 @Hohoemi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます