片づけられない男
篠原暦
片づけられない男は、悪魔を召喚した
「我を召喚せし迷える子羊はそなたか。して、何をお望みじゃ?」
何でもひとつ望みをかなえてくれる、上級美少女悪魔の目の前には、年は若いが死んだ目をしたサラリーマンが、壮絶な汚部屋の真ん中でへたり込んでいる姿があった。
男は声を絞り出すように言った。
「この部屋を…きれいにしてください…」
「…へ?」
悪魔は思わず首を捻った。
「あ、あの、我は上級悪魔ぞ? 願いを叶える代わりに命をいただくのじゃぞ?
それで叶える望みが、部屋の片づけでいいのか? 本当に?」
男はすがるような目で言った。
「俺が…俺がうまくいかないのは、部屋が汚いせいなんだ…
見ればわかるだろ? このありさま…
ここ最近毎年失業して、次が決まったとしてもどんどん条件が悪くなって、部屋もよりいっそう汚くなって…
咳も止まらないし、虫も出るし、とにかく部屋を片づけようとは思うんだけど、何をやってもうまくいかなくて…
俺にはもう、こ◯まりも断◯離も何も信じられない!
悪魔に頼るしかないんだ!
命なんかくれてやるから、とにかくきれいな部屋にしてくれ!!」
男はいきなり悪魔にひれ伏した。
「わ…わかった! わかったけど、ちょっとそなた、我の話を聞け!」
「え…やっぱりだめすか、部屋の片づけなんかじゃ」
「そういうわけではない。が、そなた、部屋の片づけよりも望むことは本当にないのか?
例えば給料の上がり続ける仕事とか、宝くじの一等とか、そういう…」
「違う!」
男は突然大声で叫んだ。
「そういう現世利益は、きれいな部屋から生まれるって聞いたぞ!
片づけの何とかでも、断◯離でもそう言うじゃないか!
だから…だから俺は、部屋を片づけなきゃと思うのに…それなのに…」
男はわんわん泣き出してしまった。
「俺は昔から部屋を散らかしてばかりだったんだ、母さんにもいつも怒られて、でも勝手に掃除されると余計にいやだから俺はいつも母さんを怒って…グスッ」
「ふむ…」
悪魔はいろいろと察した。
「おい悪魔、あんたもやっぱり俺を見捨てるのか、そうなんだろ、グスッ」
「そうではないが…
わかった、部屋は我が片づけてやる」
「悪魔!! ありがとう!!」
「いや、だからって、そなたの命をもらうわけには、さすがにいかんぞ」
「え?」
「まずはそなた、きれいな部屋で落ち着いて考えてみよ。
本当に欲しいものは何なのか、命を賭けるほどのものなのかと。
それから…部屋がきれいになったら、その、母さんとやらに連絡してみよ。
そなたに本当に必要なものは、きれいな部屋というだけではないと思うのでな…」
「何だよ、悪魔、お前まで俺に説教するのかよ、グスッ」
「違う違う、我はそなたの人生にちょっと干渉したくなったのじゃ。
だから、まだ命まではいただかないということじゃ。
本当に命がけで欲しいものができるまで、我はそなたから離れないからな」
「え…?」
悪魔はうつむいて、頬を赤らめながら言った。
「ふたりの最初の共同作業が、この部屋の片づけということじゃ」
〜Fin〜
片づけられない男 篠原暦 @koyomishinohara
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