第12話 死を知らぬモノ

(いつみても姉さんの本気は美しい……。途中からしか見れなかったけど、ナノマシンに記録させてるからな。あとでじっくり見よう)


 遺跡のエントランスから、ナノマシンから送られてくる映像を眺めているトゥエル。すでに遺跡は機能停止済みである。今は入り口にあたるエントランスで、イリヤとバルドの戦いを眺めていた。


(もう真夜中。血も吸ったか。野盗のボスには同情するな。本気の姉さんはマジでヤバイ。強いとかそんなレベルじゃない。あれこそ……真の化け物なんだろうな)


 ※


「グウッ! グラアアアアアッ!」


 イリヤが牙を突き立て、数秒ほどたった頃、突如暴れはじめた魔人バルド。最強生物として造られたプライドが、吸血の恐怖に勝ったのだ。


 背中から生えた無数の触腕の先端に光が灯る。膨大な熱量を纏ったプラズマ球だ。それらが上下から一斉に、イリヤに向けて加速された陽子による滅びの光を解き放った。


――ジュワァッ!!


 頭部を含めた、イリヤの全身の七割が即座に焼失した。残ったのは四肢と胴体のごく一部だ。バラバラになって地面に転がった死体を怖れるかのようにバルドが飛び退いて距離をとる。


「ハァ……ハァ……グゥッ」

 

 当然その様な事をすれば己自身も被害は免れない。首筋や胴体前面の広範囲が焼き焦げたバルドであったが、その傷はジリジリと白煙を上げて修復されていく。

 

「シタイガナイ!? バカナ!!」 


 収束したプロトンビームによって幾つもの穴が開いた地面にバルドが視線を向けると、そこにあった筈のイリヤの四肢は忽然と消えていた。


「うふふ……。とても情熱的なのね」

「アアアア……」

 

 背後から聞こえた美声に、バルドの目も鼻も無い顔が歪む。恐怖しているのだ。振り向けば、そこにはどういう理屈か、身に纏っていたレザースーツすらも復元されたイリヤの姿があった。その手には、愛剣である巨大な鉄塊がしっかりと握られている。


「ナンナノダ……。キサマハイッタイ……ナンナノダ!!」

「何と言われてもね……。私は私なのだけれど。それよりも、もっと愉しみましょう。全力を出すのは久しぶりなのよ」

「グオオオッ! ホロビヨ! バケモノメェッ!!」 


 バルドの両腕がぐにゃぐにゃと歪み蠢き、形を変えた。右腕は長大なブレードを形成し、左腕は二つの銃口を具えたダブルバレルショットガンだ。踏み込みの衝撃で地面が爆ぜ割れる程の勢いで、魔人バルドがイリヤに肉薄していく。


「ウオオオオオッ!!」


――ドパパンッ!


 左腕の銃口。もはや砲門と呼んでも差し支えない口径のソレが火を噴き、イリヤの腹部と頭部が消し飛ぶ。


――ズブリッ!


 続けて右腕のブレードが深々と、たわわなイリヤの左胸を貫いて心臓を穿った。生物であれば間違いなく即死する容赦のない連続攻撃だ。


「――良い殺意ね。お返しよ」


 だが、次の瞬間には、腹部と頭部を即座に復元させたイリヤが右手に構えた巨剣を振りかぶっていた。振り下ろされる刃を目の当たりにしたバルドは、全ての触腕を即座に硬化させて盾とする。


――ガギィィィィンッ!


 金属同士が擦れ合う耳障りな轟音が鳴り響く。束ねられた十数本の触腕が形成した分厚い障壁は、イリヤの振るう超重量の鉄塊と束の間、拮抗したかに見えた。


――メギッ……バギバギッ……ゴギンッ!


 力を籠めた様にはとても思えぬ涼し気な表情で、イリヤが巨剣を押し込んでいくと、まるで脆いガラスの様にバルドの触腕が次々に砕けていく。


「グオオッ! ヌゥンッ!」


 右胸を貫いたままのブレードを股間まで袈裟懸けに斬り下ろし、両断したイリヤを思い切り蹴り飛ばす。その時点で触腕の八割がたが砕かれていた。あと一瞬、判断が遅れていればイリヤの巨剣はバルド本体をも粉砕していただろう。


「中々の判断ね。流石は元傭兵団長さん」


 蹴り飛ばされた時点ですでに、胸から両断された傷は影もカタチも無い。恐るべきはその不死身ぶりであった。


「ケツエキヲキュウシュウシテ、ソレホドノチカラヲエタトイウノカ。サキュバスニソノヨウナチカラガアルナド……ワタシノチシキニモソンザイセヌ」

「だって私、サキュバスじゃあ無いもの。私も自分の事は良く知らないのだけれど、吸血鬼? って言ったかしら、それとサキュバスの……まぁハーフみたいなものよね。ダンピールって奴よ」

「キュウケツキ……ダト? キュウセカイノ、オトギバナシデハナイカ!」


 今を生きる人類種は知るよしもないが、遺跡によって旧世界の知識をインストールされたバルドには心当たりがあった。

 吸血鬼。それは文明崩壊カタストロフの遥か以前、人類種がいまだこの惑星内にのみ版図を広げていた時代の御伽噺。文明の発達と未知を既知とする事によって迷信と化していった一つの伝説だった。


 曰く、その化け物は人の血を吸う。曰く、その化け物は城をも崩す怪力を誇る。曰く、その化け物はどの様な傷もたちどころに塞がり、不死にして不滅。


 遥か古代の人々が恐怖の代名詞として語り継ぎ、やがて文明の発展とともに忘れ去られ、崩壊とともに失われた筈の存在。だが、伝説はここに甦ったのである。



「ハァッ!」


 再び突進し、連続で左腕のダブルバレルショットガンを連射しつつ、ブレードと化した右腕で縦横無尽にイリヤの肉体を斬り裂き続けていくバルド。

 しかし、至近距離で炸裂した散弾によって、内臓ごと肉体をごっそりと抉り取られようとも、鋭利なブレードによって骨ごと両断されようとも、イリヤの肉体はまるで時間を巻き戻したかのように復元してしまう。


 まるで霧か霞を攻撃するかのように手応えが無いのだ。かと思えば、無造作に振るわれる超質量の巨剣の一撃は、超重合鋼よりも硬い筈の触腕を幾本束ねても、一撃で纏めて数本は粉砕される超威力なのである。まったくもって理不尽というほかない。


「フジミナド……アリエヌ……。ダガ、キサマガシンニバケモノダロウトモ、ジンルイヲオビヤカスナラバ、ホロボサネバナラヌ」

「野盗団の頭目が救世主メシア気取りなんて、三文芝居も良い所の筋書きね」

「チリモノコサズケシトバス!」


 問答の合間に触腕を再生させていたバルドは、猛烈な勢いでイリヤに向かって踏み込んでいく。それを避けるでもなく、迎え撃つように巨剣を振り上げたイリヤ。


――ガギィィィンッ!!


 振り下ろされる超質量の刃を全ての触腕で受け止めつつ、両腕の先を武器から通常の腕に変異させたバルドはイリヤの華奢な肢体を鷲掴みにして、頭上高く掲げる様に持ち上げた。

 防ごうと思えばいくらでも防げたであろうその拘束を、あえて受け入れた様にも見えた。そもそも戦いの始まりより、イリヤは全ての攻撃を受けている。驚異的ともいえる不死性を持つがゆえに、避けようが受けようが変わりはないからだろうか。


「コォォォッ!」


――キィン!


 そのまま中空にイリヤの肢体を投げ上げ、頭上に向かって叫ぶかのように咆哮したバルド。その口腔からイオンの焦げる甲高い音と共に、凄まじい烈光が迸った。限界まで加速された陽子による極大のプロトンビームがイリヤを包み込み、洞窟内の天井を貫通して宙高く伸びていく。



 ややあって、ズンッ! という重い音を立てて、イリヤの携えていた巨剣が地面に突き立った。


「――ォォッ……。フハッ……フハハハハッ! チリモノコサズケシトバシテヤッタワ!」


 先ほどの攻防で砕かれた触腕が再生する気配はない。ほぼ全てのエネルギーを先ほどの一撃に使用してしまった為だろう。事実、バルドの放った極光のブレスは洞窟の天井を貫通するのみならず、成層圏を超えて遥か5000万キロメートルの彼方にある小惑星帯アステロイドベルトにまで届き、構成する巨大な岩塊の一つを粉砕する程の威力であった。


 とても一個の生命体に対して行使する様な兵器では無い。事実、イリヤを構成する物理的な肉体は全て、完璧なまでに消滅していたのだから。


「ソレデキミハ、ドウスルノカネ? アネノカタキウチ、トデモイウツモリカネ」


 遺跡の入り口で見守っていたトゥエルに、バルドは目も鼻も無い顔を醜く歪め、無力さを嘲笑うかのように問い掛ける。だが、その反応は冷ややかな物だった。


「いや全然。それより自分の心配をしたほうがいいよ。に、滅ぼされる前にね」

「クルッタカ? キサマノアネハ、タシカニショウメ――」

「――頂きます」

「ツ……アェ?」


 言葉の途中であり得ない声を聞き、ちくりと首筋に痛みを感じたバルド。

 その表情が、先ほどとは全く違う感情に歪んでいく。途方もない恐怖に。


「アアア…………ヒィアアアアアアッッッ!!!!」


 芥子粒ひとつ残さずに灼き尽くした筈のイリヤの牙を、首筋に突き立てられたバルド。その喉から魂消たまぎるような絶叫が迸った。


 吸血によって変異を保つ事すら出来なくなったバルドの全身が、みるみる内にドロドロと溶け崩れて人間に戻っていく。だが、変化はそれに留まらない。精気を残らず吸い取られてミイラと化した配下達の如く、彼自身もまた枯れ木の様にやせ細っていったのである。


「なん……で……おかしいだろう……塵一つ残さずに消えた筈だ……無から有を生み出すなど不可能……」


 呻く様に呟いた言葉に、トゥエルが無言で頷く。全く以って同意するといわんばかりに。


「――ぷはっ。ふぅ……とても美味しかったわ。貴方の血。でもその答えは私にも良くわからないのよね。貴方だって人間はなんで生まれて死ぬの? って聞かれてもわからないでしょう?」

「わけ……が……わから……ない――」


 そうして、全身の血を吸い尽くされた男はカラリと軽い音を立てて崩れ落ち、それきり動かなくなった。疑問の答えを得られぬままに。



「少しは愉しめた? 姉さん」

「まあまあね。でも攻め方がワンパターンで面白みには欠けたわ。前に戦った古代の英霊を降霊させて戦う人間は、技のデパートって感じで楽しかったのだけれど」

「ああ、あの一人で金貨一万枚の賞金首だったやつね。換金したすぐあとに姉さんが賭け事で全額スッたからよく覚えてるよ」

「それも含めて楽しかったわよ?」

「僕は楽しくないけどね! 今回の賞金は僕が全部管理するから姉さんは手を付けないでよ!」


 野盗団全てを殺戮した直後だというのに、二人のやりとりは普段となんら変わりは無い。それは当然なのかもしれない。この二人にとっては今日起きた出来事など、ただの普段通りの日常に過ぎないのだろう。

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