第8話 蹂躙
遺跡内部は、とても5000年の時を経たとは思えぬ清浄さに満ち――空間はひどく寂しかった。
遥かな過去に置き去りにされたままの空気が、いまだ残っているからだろう。
「やっぱり生きてるね。この遺跡。よほど重要な研究所だったのかな」
「ならガーディアンも稼働している筈たけど……っと、あれね」
遺跡に踏み込み、エントランスらしき広間から伸びる通路の一つを進む姉弟。二人の前に破壊されて間もないとおぼしき人造兵器の残骸が現れた。
先に潜っていた赤錆剣団の仕業だろう。浮遊する球体から人の上半身を生やした様な形状の
それが三体。原形をとどめぬほどに破壊されていたのである。赤錆剣団の精鋭たちの実力は相当なものである証左だ。
「負傷の痕跡も無いわね。無傷で三体をバラバラ、思ったよりもやるわね。トゥエル、偵察は不可能なのよね?」
「無理だね。ナノマシン不活化粒子が濃い。この濃度だと遺跡全体が影響下にあるよ」
「なら私が先行するわね。近付けば気配で分かるし」
「うん。お願いするよ」
ロスト・エイジの遺跡と一口で言っても、その内容は様々だ。今回のように科学兵器が使えぬ研究施設などもあれば、ただの集合住宅や遊戯施設という事もある。かつては様々な種族の人類たちが栄えていたのだから当然だろう。
空腹時とは比べ物にならぬ凛々しさで弟の前に立ち、自信に満ち溢れた動作で遺跡を進んでいくイリヤ。表層部分は頭目たちが探索済みのはずだ。であるならば最初に遭遇するのも頭目たちであろう。
イリヤは人類が好きだ。機械はつまらない。斬っても壊れるだけの玩具にもならぬ鉄クズでしかない。だが人類種は違う。怒り、嘆き、嘲笑を浴びせてきたり命乞いをしたりする。イリヤは彼等の様々な表情と感情を観察するのが好きだ。
エサでしかない彼等が私を支配したと思い込み、下卑きった欲望で汚してやると息巻いて、この身を犯してくる。犯したつもりになっている。自分が喰われている事に気付かずに。そんな様子すらも愛おしい。彼らを喰らうのも、愛でるのも、喰らうのも、愛する事も、イリヤにとっては全てが楽しかった。
「うふ……。君たちは何を見せてくれるのかな? 出ておいでよ」
静寂に支配された寂しい空間にむけて、イリヤの透き通るような声が放たれた。
問い掛けの答えは、狂奔する殺意だった。
比較的広い通路の奥、その曲がり角から男達の腕だけで飛び出て、その手に構えた無数の銃器が火を噴いた。
――ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ!
――ドガガガガガガガガガガガガガガ!
――パパパパパパパパパパパパパパパパッ!
携行用対妖ロングライフルの砲門が巨大な弾丸を放ち、ガトリングは雨あられと腐食属性の弾丸を狂い撃ち、高濃度呪詛弾を大量に籠めたアサルトライフルは毎秒60発で死の力に満ちた弾丸をばらまいた。
そして、そのすべてがイリヤの巨剣に受け止められ、弾かれていく。
「ヒュー! 化け物かテメェ。」
ゆらめく硝煙の向こう側から、野太い声とともに現れたのは10人の男たちだ。赤錆剣団のボスであるバルド団長と精鋭たちである。
「お仲間は全員食べちゃったわ。貴方たちもここでおしまい」
「おいおい。集めるの大変なんだ――ぜ?」
――ギィン!
言葉の途中でバルドが瞬時に間合いを詰め、右手の
「かてぇ剣だな! ならコイツはどうよ!」
――ドパンッ! ゴガァッ!
「おおっ!?」
バルドの左手に装着された二連装シールドショットガンが火を噴いた瞬間、素早く銃口を蹴り上げたイリヤ。発射されたスラッグ弾は遺跡の天井部分に炸裂し、白い壁材をあたりに撒き散らした。
「こんなものなの? 本気でこないと……すぐに終わっちゃうわよ?」
「ちっ!」
イリヤが振るう超重量の巨剣を飛び退って回避し、舌打ちしたバルド。風圧だけでふきとばされそうなほどのイリヤの巨剣は、ただ無造作に振り回されるだけでも十分な脅威だ。
「後退だ! 広場まで撤退しろ!」
下がっていく男達をイリヤが追撃する気配はない。戦いを楽しんでいるのだろう。相手に100%の力を使わせ、その上で蹂躙する事にこそ価値がある。戦いに魅入られた者にとっては良くある思考だ。
「まーた遊んでる」
「いいじゃない。好きなんだもの」
「悪いとは言ってないよ。でも遺跡は壊さないでね」
「善処するわ」
小部屋の並んだ通路を進み、後退した男たちの後を追う二人。大急ぎで閉められた両開きの扉の少し手前にトゥエルを残し、イリヤは扉に鉄塊を叩きつけた。
――バガンッ!! ドガガガガガガガガガガガガガガ!
重厚な金属扉がバラバラに吹き飛んだ瞬間――室内から大量の弾丸がイリヤにむけて放たれる。
だが、すでにそこにイリヤの姿は無い。扉を破壊した反動を利用して、すでに室内の天井にむけて魔鳥の如く飛翔していたからだ。
「まずは一人」
扇状に展開していた布陣の最右翼。両手で構えたガトリングをいまだ撃ち続けながら、呆けた様な表情でイリヤを見上げていた男が、落下の余勢をかって振り下ろされた巨剣で粉砕された。
一刀両断などというレベルでは無い。超重量の鉄塊で叩き潰された男は、文字通り血と肉片の霧と化して消し飛ばされたのである。
「ヒッ……ひいいいぃぃぃ!」
「化け物! 化け物だ!」
「怯むなバカども! 殺さなきゃああなるぞ!」
バルドの叱咤を受けた男たちが、血煙の中でたたずむイリヤに銃口を向け――ようとした瞬間にさらにもう一人が粉砕された。
「撃て撃て! 死ねええええ化け物ッ!」
「クソったれがあああッ!」
無残に殺される仲間の様子に激昂した男たちが、味方を巻き込む事も構わずにイリヤにむけて発砲を開始した。だが、当然の如く無数にばら撒かれる弾丸がイリヤに当たる事は無い。
「ちっ! 銃はダメだ! 近接戦闘に切り替えろ! 捨て身で突っ込め!」
普通の野盗であれば、死の恐怖に怯えて蜘蛛の子を散らすように逃げるか、理不尽な命令を下すボスに銃口を向けるだろう。だが赤錆剣団はバルドの絶対的な恐怖によって支配された傭兵たちだ。最初こそイリヤの余りの化け物ぶりに混乱していた男たちであるが、今は毛すじほどの動揺も見られない。
各々が身に着けていた近接兵装。高分子ブレードや超振動スピア、電磁タクティカルロッドなどの強力な武器を抜いてイリヤに殺到していく。鬼気迫る表情で襲いくる男たちを楽し気に見渡しながら、イリヤは右手に握った巨剣をだらりと垂らした自然体で迎え撃った。
「いいわ。やっぱり戦いは近接よね。硬くて鋭いモノで私を抉ってみなさいな」
うっとりと上気した表情を隠しもせずに、イリヤが悩ましく言い放って男たちの武器を受け、流し、弾いていく。流れるような動作で幾つもの攻撃を躱して巨剣でいなす様子は、まるで剣とともに舞い踊る異国の巫女のようであった。
エントランスから通じる、小部屋が幾つも並んだ広い通路の先、縦横30メートルはあるだろう室内の中は血臭と肉片の舞う修羅の巷と化していた。恐らく何かの実験施設であったろう室内は男たちに荒らされていて見る影も無い。唯一目を引くのは、奥の壁面一杯に取り付けられた巨大モニターだ。今はもう何も映してはいないが、その価値は計り知れないだろう。
「ここを見つけてラッキーだと思ったんだが、まさかとんだ貧乏くじを引かされるとはな! 村の奴らが依頼でもしたのか?」
「貴方たちが攫った女の子の弟からよ。でも、元々ここの遺跡を探していたのよね」
「はっ! どっちにしろ積んでたってわけかよ! クソがッ!」
一人、また一人と、血煙と化していく部下たちを横目に、相対するイリヤに愚痴るバルド。二連装シールドショットガンは既に砕かれ、ヒート機能を付与して赤熱した
巨剣とマトモに撃ち合うのは不可能。回避に徹し、部下が攻撃、乃至は殺された瞬間のスキを狙って切り込む。痛手こそ与えられてはいないものの、唯一バルドの剣だけが、イリヤに幾つかの傷を負わせていたのだ。
レザースーツの脇腹と背中、ファスナーが開いて露出したイリヤの妖艶な胸元にさえも、皮膚を切り裂いたひとすじの斬線が残り、完全なる美をわずかに汚していた。だが――。
「あんッ……。また斬られちゃったわ……。ふふ……イケない子ね」
「皮膚一枚だろうがよ……。つーかテメェ狙って受けてやがるな? 嬲りやがって」
――それはもはや戦いと呼べる代物ではなかった。
吐き捨てたバルドの言う通り、イリヤにつけられた傷は全て彼女が自ら受けたものだ。回避は容易であっただろう。すべては男たちに希望を抱かせ、その後絶望に落とすための遊戯にすぎなかったのだ。
「あはっ。バレちゃった。やっぱり君が一番美味しそう。別腹は君で満たすことにするわね――あとはいらないわ」
そう告げた後、更に一段階速度を上げたイリヤ。
バルド以外に残っていた4人の精鋭たちはその速度についていけず、成すすべなく血と肉片と化して粉砕されていく。
「うぉわっ! コイツ急に早――」
「あっ……あああああ――」
野に咲く花を手折るかの如き気軽さで、男たちという血袋を破裂させていくイリヤ。返り血に塗れたその面差しに、普段と何一つ変わらぬ微笑を浮かべたままに。
「ちくしょう! 何か……何か手は――」
イリヤの不穏な言葉に言い知れぬ恐怖を感じたバルドは、祈るように室内を見渡し――それを見つけた。
(あれは……もしかしたら……)
それは白い床に四角く刻まれた縦横2メートル程の扉だった。収納設備かなにかだと推測し、無理に扉を破壊して中身が壊れては元も子もないと調査を保留していたのだ。
(万が一地下室か何かなら、武器か守護者でもいるんじゃないか?)
判断は迅速だった。
配下の最後の一人が殺された瞬間、脱兎のごとく駆けだしたバルドは、赤熱した
「まだ足掻くの? ってちょっと!」
「うわあぁぁぁぁぁぁ――」
「えー……」
バカンという音をたてて開いた奈落の穴に、吸い込まれるように落ちていったバルドを、イリヤは呆然と見送るのだった。
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