第4話 赤錆剣団

 四話 赤錆剣団



「あ? なんだと?」

「ですからバルド団長、洞窟の奥の壁がおかしいんです」

「何がどうおかしいか聞いてんだよ。テメェはバカか? あぁ?」


 大陸各地の辺境を転々と廻り、目を付けた手頃な村落から金と、たまに女を奪う。それが、かつては常勝の傭兵団と呼ばれた男達の生業だった。


 傭兵団の仕事は簡単だ。争い合う国や地域に赴いて金払いの良い方に味方して敵を殺す。ただそれだけだ。だが、争いが減れば傭兵たちに出番はない。

 

 大陸の支配権を巡って争い合う三つの大国。その争いは永遠に終わらぬと誰もが思っていた。しかし、10年ほど前に代替わりした小国の王は瞬く間に勢力を伸ばし、大陸中央の要衝を破竹の勢いで掌握したのだ。俗にいう、四国時代の始まりである。


 三国の支配者たちと誼を結び、彼等が牽制しあう事によって大陸はひと時の平和を得た。争いは表立った紛争から外交主体の暗闘へと移り変わり、傭兵たちはその大半がハンターや兵士に転職したのである。

 

 当然、まっとうな仕事に戻れぬ、彼らのような者達もいる。ハンターがまっとうな仕事というのは諸説ある所だが、それでもハンターズギルドから一定の身分を保証される彼等は大抵の街で厚遇を受けられる。人類社会を脅かす妖魔や化け物を打ち倒し、文明復興の鍵であるロスト・エイジの遺宝レリックをもたらす彼等は時に、英雄としてサーガに謳われる事すらあるのだ。


「ひえっ……すいません。崩れた場所が何か所かあったんで、崩落しねぇかと詳しく調べてたんでさ。そしたら一ヵ所だけ、金属みてぇな扉が露出してまして……」

「まさか……遺跡か? 万が一ロスト・エイジ時代のものなら……ははっ、運が向いてきたぜ」


 狙っていた村の近くで発見した、地下洞窟。それなりの広さのそこを野営地とした赤錆剣団であったが、奥部を調べていた団員の発見によって、バルドと呼ばれた男は予定を早める事を決めた。

 鷹のように鋭い瞳に、実戦で鍛え抜かれた筋肉の鎧を纏った壮年の大男だ。傍らには愛用の得物だろう片手半剣バスタードソードとシールドを兼ねた近接用二連装ショットガンが置かれている。


「団長。ロスト・エイジの遺跡はかなり危険だといわれていますが……」

「まぁ10人くれぇは死ぬかもな。でもよ、ライナス。未発見のレリックでも見つかりゃ大儲けだ。それによぉ……戦争で10人くれぇ死ぬのなんざいつもの事だったろうが、我らが副団長さんよ」

「ははっ! 確かに。いまさらでしたな」


 傍らに控えていた古馴染みである副団長の言葉に、なんとも凄まじい答えを返した団長。

 元々傭兵団というのは団員の入れ替わりが激しい仕事だ。戦で半数近くが死んだことだってある。だが、バルドと副団長の二人は結成時から全ての戦いを生き残ってきたのである。団員が何人死のうとも、世に掃いて捨てるほど存在するはみ出し者の悪党を拾えば良い。二人にとって、野盗団の団員などいくらでも補充の効くコマでしかないのだ。


「よし、予定変更だ。てめぇら何人かで、今から村行って金と女を奪ってこい」

「約束では明日の予定でしたが……」

「なんもなけりゃあそのつもりだったがな。遺跡の探索中に出入りして、万が一情報が洩れたら面倒だからな」

「それもそうですな」


 野盗団の団員に口の重さを期待するのは無理というものだ。外でうっかりと、口を滑らせない保証などある筈も無い。元傭兵団の団長という事もあり、部下の特性を理解しているからこその判断であった。


「隊長クラスは俺についてこい。遺跡の浅い部分だけでも調べるぞ。何事も無けりゃあ夜には戻るが、万一明日になっても戻らなかったらライナスが団長だ。俺を助けに来るなり他の場所に行くなり好きにしろ」

「わかりました。でも、助けに行かないで生きてた場合、絶対俺を殺しに来ますよね」

「当たり前だバカ。俺は執念深いからな。そうそう、わかってるだろうが、女が処女だったら俺が戻るまで犯すなよ?」

「はいはいわかってますよ。でも、なるべく早くお願いしますよ? 前のが壊れちまってから暫らく女日照りなんですから」

「テメェらが無茶するからだろうが! 穴がバカになり過ぎて壊れ女でも買い取る娼館ですら金貨10枚にしかならなかったんだぞ。普通なら100枚は堅いってのによ」

「ふはッ! 団長がそれを言いますか! 女をいたぶって悦ぶ生粋のサディストのくせに」

「俺はいいんだよ俺は。ぎゃははは」


 女を性処理の道具としか思っていないけだもの達が、邪悪な笑みを浮かべて嗤いあう。


 奪って犯した女がどのように生きてきたのか、大切に思ってくれる人がいたのか、こう成りたいと思う未来があったのか、そんな事は欠片も気にしない、同じ人間とは思えぬ純粋な悪意がそこにはあった。様々な思いを抱き、生きている。誰かにとってかけがえのない誰か。それを無造作に踏みにじってひとかけらの罪悪感さえ抱かぬ人間。それはもはや、植え付けられた悪意のままに人々を喰らう妖魔獣と何が違うのであろうか。


 ※


「姉ちゃんをどうした!」

「ケントか……」


 叫ぶように問い掛けてきたケントを、苦々しげな顔で見つめている白髪の老人。ベゾフ村の村長だ。


「お前達は……」


 ケントのまっすぐな瞳から逃げる様に視線をずらし、ケントの傍らに立つイリヤとトゥエルに向けた村長。

 無視された事に激高しかけたケントの肩に片手を落とし、落ち着かせたトゥエルが村長に答えを返す。


「彼、ケントに依頼を受けたハンターですよ。彼の姉を助けてほしいとね」

「バカな……。ケントにそのような金などあるはずが無い!」


 トゥエルの答えに目を見開いた村長が、わなわなと唇を震わせながら叫ぶ。野盗団を相手にする様なレベルのハンターが、日々を食い繋ぐだけで精いっぱいの子供に雇えるはずがないのだ。


「いえ、彼には大変に価値あるモノを提示して頂きました。姉を想う弟の切なる願いという、何にも代えがたい宝物をね」

「何をふざけた事を……。いいか、エレーナは村と弟の安全のために身を捧げたのだ。余計な事をしてこの村を危険に晒す事は許さん!」

「それは……僕たちに手を引けと。そう言いたいのですか?」

「当たり前だ! だいたい貴様等の様な女子供に何ができる! 下手に相手を怒らせて、この村が略奪されたらどう責任を取るのだ!? それとも何か? その女がエレーナの代わりにやつばらに身を捧げるとでもいうのか? ふはっ! 確かにその器量であればお釣りが来るであろうな――ひぃっ!」


 レザースーツ越しにぴっちりと浮き出たイリヤのボディラインを、下卑た視線で舐め回す様に見つめながら村長が言い放つ。その刹那、護衛二人と村長の脊髄に、氷柱が突き刺さる程の怖気が走った。


「っあ……あ……」


 喘ぐように口を動かし、酸素を求める魚のようにパクパクと声にならぬ悲鳴を上げる三人。その様子を不思議そうに眺めるケントの傍らで、トゥエルが絶対零度の声色で告げる。


「ハンターの依頼を取り下げられるのは依頼人だけです。それと……僕の姉を侮辱する者は何があろうと必ず殺します。とはいえ初回は見逃しますので次からは発言に気を付けてください」

「はっ……はひぃっ! 撤回して謝罪します! ですからどうか命だけは! あなた方の行動には何も干渉いたしません! 村人にも徹底させますのでどうか……お怒りをお鎮め下さい!」


 手のひらを返す様に態度を一変させた村長に、満足気に頷きを返したトゥエル。彼は重度のシスコンであった。

 そして、ほんの一瞬だけみせた凄まじいまでの殺意。ただほんの一瞬それを向けただけだというのに、村長たちの体温は物理的に三度ほど低下していた。物理現象となるまでに昇華された純粋なまでの殺意は、村長の心から彼らへの敵意を完全に取り去っていたのである。



「良かったのですか。村長……」


 野盗団の男達が根城にしているであろう場所をトゥエルに伝え、一行が去った後、青を通り越して真っ白になった顔色のまま、護衛の村人が村長に問い掛けた。


「良いも悪いも無いわ……。あの一瞬、わしは寿命が五年は縮んだわい。野盗団の頭目が村に来た時ですら、あれほどの恐怖はおぼえなんだ……。まず間違いなく野盗団は壊滅する。それが理解できたから自由にしろと言ったのじゃ」

「確かに私も死を覚悟しました。しかし……それほどですか」

「間違いない。あれこそ噂に聞く、1級ハンターを超えた存在じゃろう。国の存亡を左右する程の災害や大魔獣、それらを単身で解決しうる人の理を超えたハンター。星を象った特別な証を持つ、星級アステールハンターと呼ばれる存在に違いない」

「なんと……彼等が……」

「確証はないがの。そもそも自ら公表する者はすくない。だがあの殺気。まず間違いないじゃろうな」


 頷きあった村長と護衛たちは、一行の姿が見えなくなった後も暫くの間、イリヤとトゥエルが去った方向を見つめ続けていた。


 ※


「ふぅ。なんとかなったな」

「トゥエル兄ちゃんカッコよかったなー! あいつらメチャクチャビビってたぜ!」

「あはは。兄ちゃんは強いからね」

「うふふ。そうね、トゥエルはカッコよくて凄く強いのよね。ひと睨みでどんな相手だってビビらせちゃうんだから」

「ちょっと姉さん! それ以上はやめて! やめろ下さい!」

「えー? トゥエルは弄ると楽しいのになぁ」


 軽装甲車輛タンク・バンに乗り込んで村を出立した一行は、赤錆剣団の野営地とおぼしき洞窟を目指して荒れ地を進んでいた。


(まぁ大分ハッタリは効かせたから邪魔はされないだろ。視線に併せて、うなじから医療用ナノマシンで即効性の体温低下剤をぶち込めば、大抵の一般人はビビり散らかすからな)

 

 先ほどのやり取りを思い返して、トゥエルはほっと安堵のため息を吐いた。殺意だけで物理法則を超越できるなら苦労は無いのだ。そんな事が出来る存在を、トゥエルは世界で一人しか知らなかった。

 

「僕の姉を侮辱する者は何があろうと必ず殺します――だって! くうう……お姉ちゃん惚れちゃうわー」

「マジでやめろ! このクソ姉!」

「でもトゥエル兄ちゃんマジでカッコよかったけどなー。やっぱ兄ちゃんはすごく強いハンターなんだね。星のハンターってやつなんでしょ? 俺知ってるんだ」

「あー……いや、まぁ……そうかな。うん。――いずれは……」

「すげぇー!!」


 口ごもりながらも答えたトゥエル。実際は1級ハンターなのだが、最後に小さく呟いた言葉はケントには聞こえていなかった様だ。には。


「俺の名はトゥエル。アステールハンタートゥエルだ! なんてキメ顔で言っちゃうの? ねぇねぇ」

「うるさい! 言うかバカ!」


 姉にはしっかり聞こえていた様である。

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