第3話 急転
「そういえば君、名前は?」
「俺はケント。姉ちゃんはエレーナってんだ」
街の車輛技師によって応急修理を施された
どうやら本格的な修理には一週間ほど掛かるらしく、施されたのは応急処置のみであった。とはいえ処置を施した技師の腕は確かなようで、瓦礫と錆びた金属片が転がる荒れ地を楽々と走破できている。
「良い名前だな。村までは半日って所か……明日の昼前には到着できるはずだ。賊どもが指定した日取りは?」
「明後日。だからまだ姉ちゃんは無事なはずだ……。あのさ……いまさらだけど本当に良かったの? 相手は有名な野盗団なんでしょ?」
「僕たちは知らなかったけどね。まぁそこそこの規模ではあるんじゃないかな」
ケントの目には、酒場にいた屈強なハンター達よりもこの二人の方が強い様にはとても見えなかった。とはいえ自分はまだ、現実のハンター達の事など何も知らない。絵物語や噂話で知っている程度なのだ。もしかしたら物凄く強いのかもしれない。などという希望を抱きながらケントは後部座席を振り向く。
「あ゛ー……お腹すいた……。結局街では食べられなかったし……怠い……」
最大まで倒されて水平になったシートの上で、布で積まれた長大な何かを枕にして寝転がっているイリヤ。胸元を開けてだらしなく寝そべる姿は扇情的ではあるのだが、姉の事で精一杯の少年の目にはただの怠け者としか映らなかった。
(ホントに大丈夫かな……この人。トゥエル兄ちゃんが強いのかな?)
「姉さんがどうかしたかい? ケント」
「うぇっ!? いや、なんでもないよ。お腹空いたっていってたけど、酒場で何も食べなかったの? 時間はあったと思うけど……」
たまたまなのであるが、まるで考えを見透かされたかの様に感じたケントはどもりながら話題を振った。酒場で疲れて寝てしまったケントにし、そのあいだの事はわからない。とはいえ起きた時にしっかりと食事は食べさせてもらえたので、まさかイリヤが食べていないとは思わなかったのだ。
「食べようとしたらケント君が来たんだよ」
「ちょっと姉さん! あー……ケント。姉さんの食事は少し特殊でね。ほら、
「あっ! 聞いたことある!
「僕はちゃんと食べたよ。あそこのミルクとベーコンエッグは美味しかったね。物凄い肉厚で脂がしたたるくらいジューシィでさ」
「俺も食べた! 美味しかった!」
姉を窘めつつ口ごもりながら答えるトゥエルであったが、ケントは気にしていないようだ。どうやらイリヤの食事事情はケントには余り聞かせたくない事柄らしかった。
「お腹……空いた……お姉ちゃんはくぅくぅです……早く食べたいなぁ……」
「姉さんもう少しの辛抱だから……。あとケントもいるんだからほどほどにね」
「あうー……弟が厳しい……お姉ちゃんは寝ます。ついたら起こして……」
「はいはい。おやすみ、姉さん」
酒場での凛々しい態度はどこへやら、完全にダウナーモードに入ってしまったイリヤが、すぅすぅと寝息を立てはじめる。
「姉さんはお腹がすくといつもこんな感じでね。頼りなさそうにみえるけど……ホントは凄く強いから、大丈夫だよ」
「うん。全然そうは見えないけど……兄ちゃんを信じるよ」
「たはは……」
※
翌日、一行を乗せたタンクバンはケントと姉が住む辺境の村ベゾフに到着した。
夜通し運転し続けたトゥエルだが、その表情に疲れは見られない。見た目は成人しているのかも怪しい幼げな容貌の若者だが、ハンターとしての実力は一流であった。
「家は村はずれの丘の上だったっけ?」
「うん! うちは妖綿花の栽培をしてるんだ。作業用のゴーレムドールは旧型だけど、俺と姉ちゃんがなんとか食べていけるくらいは働いてくれてるよ」
「妖綿花は月明りで育つんだっけか、それで丘なんだね。よし、案内してくれ」
「了解! トゥエル兄ちゃん。イリヤ姉ちゃんはホントに大丈夫かい? 大分へばってるけど……」
「あいー……まだ自分で歩けるから大丈夫……はぁ……お日様鬱陶しい……」
車を二人が住むという丘の近くに車輛を停めたトゥエルは、ロックをかけてイリヤを連れ出すとケントに案内されて丘を登っていく。
ちなみに、日光が嫌いという割にはイリヤは帽子などの類はつけていない。本人がいう所によると、似合わないから。だそうだ。
丘を昇りながら、ケントは楽しそうにトゥエルに話しかけていた。聞けば村人たちとの関係はあまり良くはなく、ケントは同年代の子供たちからも除け者にされているらしい。13歳という年を考えれば見た目の年齢が近いトゥエルに懐くのも当然だろう。
今年で18歳になるという姉、エレーナに早く二人を紹介して安心させてやりたいと駆け足で坂道を登っていくケント。だが、丘を登り切った瞬間に、喜色に満ちていたはずの表情が一変する。
「そんな! ウソだろ?! 姉ちゃん! エレーナ姉ちゃん!」
駆けだしたケントの後を、面差しを厳しくして追いかけるトゥエル。その視線の先には、玄関のドアが無惨に破壊された小さな一軒家が映っていた。やや遅れて、のろのろとした動作ながらもイリヤが二人の後を追随していく。
「姉ちゃん! どこだ?! 姉ちゃーん!」
荒らされた家の中を駆けまわり、姉の姿を探すケント。イリヤとトゥエルも手分けをして彼の姉を探すが、エレーナの姿はどこにもない。彼女の行方は、荒らされた室内が何よりも雄弁に物語っていた。
「あいつら……金と女を受け取るのは明日だって……ちくしょう……ちくしょう……」
「元より賊の言う事は当てにならないさ。大丈夫、無事に――とは言えないかもしれないが、ケントの姉さんは僕たちが奪い返すよ」
「うん……。わかってる。俺だって全てが上手くいくなんて思ってない……命だけでも無事なら……」
野盗団が女を要求する場合、その末路は主に二つだ。奴隷商に売り払うか、自分達の欲望の捌け口とするか。である。
前者であればある程度は大事にされるし、商品価値を損なわない為に汚される事もほぼ無い。後者の場合は時間との勝負だ。数十人の男達の獣欲の対象とされれば、大抵の女は一月と持たずに壊れてしまうだろう。
「とりあえずさ……村長の所に行ってみない? 期日が早まった理由がわかるかもしれないし、野盗たちの居場所の情報も手に入るかも」
「姉さんの言う通りだな。まずは村長の所に行こう。ケント、案内してくれ」
「……うん。わかったよ」
村はずれの丘を降り、中心部にある村長の家へ向かう一行。村の大通りには人っ子一人いないというのに、連なる家々の窓に降ろされたカーテンの隙間からは痛い程に視線が突き刺さっていた。皆、見知らぬよそ者を連れたケントを警戒しているのだ。野盗たちに目を付けられた村としては一般的な反応だろう。
「ここだよ」
「辺境の村にしては立派な邸宅だね。
「俺たちから搾り取った税金で贅沢してんのさ。街の防衛用ドールや対妖異バリヤーなんかも運用してるから、皆表立って不満は言わないけどね。野盗たちだって兵器で追っ払っちまえばいいのに」
「いやー……この程度の装備だと難しいんじゃないかな。いいとこ数人は殺せるかってレベルだよ」
「あいつらそんなに強いの? トゥエル兄ちゃんたち……危ないんじゃあ……」
「問題ないさ。姉さんはもっと強いからね」
「ほんとかなぁ……」
「そんな事よりほら、村長に話を聞いてみよう」
「うん」
ケントが疑問を浮かべるのも無理はない。もはや立つのも面倒だとばかりに、弟であるトゥエルの肩に寄りかかっているイリヤを見れば、仕方のない事であった。
邸宅の敷地内には、
敷地の外側、門扉の横に設置された来客用コールアラームを押して待機する事数十秒。重々しい響きと共に両開きの玄関が開き、護衛とおぼしき武装した男二人を連れた白髪の老人が姿を現した。
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