第三話 三題噺『温暖化』『難民問題』『エネルギー危機』

 「温暖化、難民問題、エネルギー危機。この三つをまとめて解決できるアイディアを出して見たまえ。なあに、大したことではないはずだ。いつもいつも自分は有能だ、自分は賢いという顔をしている君なら簡単なことだろう?」

 いやみったらしい上司の声を聞きながらおれはほくそ笑む。その上司の前で目を白黒させているあいつを見るのはなんとも良い気分だった。


 あいつはおれの目障りだった。

 昔からあいつだけはおれより強くて、おれより頭が良くて、おれより女にモテた。

 あいつのせいでおれはいつだって二番手だった。

 だから、あいつの有能振りを嫌っている上司を焚き付けて今回のお題を出させてやったんだ。いくら、あいつでもこんなムチャクチャな三題噺をこなせるはずがない。こなせなければ上司の指示に従わなかったとしていびり出されるのは目に見えている。

 なにしろ、あの上司、仕事は出来ない、性格は最低ときているが、上層部に尻尾を振るのと目障りな部下を追い出すことだけはうまいからな。

 あいつはもう終わりさ。その間におれは……。

 そうとも。今回こそはおれの勝ちだ。


 半年後。

 あいつは上司にいびり出されるまでもなく自ら会社を辞めた。いまではネットを通じて、なにやらコソコソやっているらしい。

 勝った!

 今度こそ、おれの勝ちだ!

 おれはそう確信した。

 あいつは上司から、つまり、おれから出された三題噺をクリアできずに逃げ出したんだ。このままなら上司にいびり出される。それがわかっていたからその前に自分から逃げ出した。

 あいつは負け犬だ!

 おれは逃げ出したあいつを尻目に仕事に励んだ。順調に業績を重ね、とんとん拍子に出世した。

 例の上司?

 ああ、もちろん、その途中でおれの踏み台になって消えてもらったさ。部下いびりしか能のないクズにはふさわしい末路だ。

 そして、二〇年。

 おれはついにCEOの座を射止めていた。世界でもちょっとは名の知られた企業のCEOだ。

 勝った!

 おれはついにあいつに勝った!

 その思いを込めてCEOの椅子に座り、葉巻をくゆらせる。だが――。

 おれはまたしても負けた。

 おれが一企業のCEOに収まっている間に、あいつはあろうことか世界を救った英雄になっていた。

 温暖化。

 難民問題。

 エネルギー危機。

 この三つを解決に導く英雄として。


 海に浮かぶ巨大なアイス氷のボックス

 それが、あいつがあの悪夢の三題噺をクリアするために使った魔法の箱だった。

 会社を辞めたのも、その後、ネットを通じてなにやらやっていたのも、すべてはこの魔法の箱を実現させるため、そのためにアイディアを世界に向けて語り、出資を募っていたのだ。そして、ついに、あいつはこの魔法の箱を実現させた。

 温暖化。

 難民問題。

 エネルギー危機。

 その三つを解決するための魔法の箱を。

 それは、海のなかに沈む三つの船体の上に巨大な氷の箱を乗せた三胴船。彗星のごとく、太平洋上を周回するアイス氷のシップだ。

 その箱船の初航海のとき、おれは世界的にちょっとは名の知られた企業のCEOとして、また、友人代表として、招待客のひとりとして招かれた。そして、他の招待客と共に氷の甲板に並び、あいつが胸を張って演説するのを聞かされる羽目になった。

 「私がこのアイディアを得たのは、かつて上司から『温暖化、難民問題、エネルギー危機。この三つをまとめて解決するアイディアを出せ』と言われたからです。

 いやもう、なんという無茶振り。こんな三題噺を要求するなんて本当、いやな上司でした。しかし、私は頑張った。なんとか達成しようと頭をひねった。最初に考えついたのは温暖化を防ぐ方法です。

 地球を本当に暖めているのは温室効果ガスなどではない。太陽の熱です。太陽の光が降り注ぐことで膨大な熱がもたらされ、地球を暖める。ならば! その光を反射してしまえば地球は確実に冷える! 温暖化を防ぐためには赤道上に鏡を並べ、太陽の光を反射しさえすればいい! 

 私はそのことに気がついたのです。

 しかし、それだけでは温暖化は防げても難民問題とエネルギー危機は解決しない。では、どうする?

 思い悩んだ私はひとつのことを思い出しました。それが、氷の船です。氷の船というアイディアはずっと前に立てられたことがあるのです。ときは第二次世界大戦のまっただ中、当時、戦闘艦にとって最大の敵は潜水艦でした。巨大な戦闘艦が潜水艦による魚雷攻撃一発で簡単に沈められてしまう。そこで、イギリス海軍の参謀ジェフリー・パイクは鉄よりも安く、大量に入手でき、しかも、沈みにくい材料として氷に目をつけたのです。

 氷と言ってももちろん、ただの氷ではありません。最大一四パーセントまでパルプを混ぜた『パイクリート』と呼ばれる氷です。この氷で巨大な戦闘空母を作ろう。ジェフリー・パイクはそう計画した。

 重量一〇〇〇トンもの実証模型まで作られながら結局、潜水艦対策が進歩したことにより破棄されてしまいましたが、その幻に終わった『アイス氷のシップ』がいまこうしてまったく別の目的のために復活したのです!

 たかだか数十年で寿命を迎える金属の船体と異なり、氷の船体は半永久的に使用できます。自然の氷山が何万年も、何十万年もそのままであるように内部の機械さえ取り替えれば船体そのものはいつまでも使用できるのです。

 もちろん、氷の船体が溶けないよう常に冷やしつづけなくてはなりません。現にこの箱船のなかには縦横に冷却パイプが張り巡らされ、常に冷やしつづけています。そのためのコストはかかります。ですが、その程度のコスト、金属の船を作り、廃棄するためのコストに比べればなにほどのこともありません。

 そして、この箱船は海流に乗り、また、水素ガスを詰めた気嚢に引っ張られ、無動力で太平洋上を回遊します。そう。さながら彗星のごとくに半永久的に運動をつづけるのです。まったくの無動力のままに。それによって、急ぎでない輸送のコストを劇的にさげることが出来ます。太平洋を周回しながら、各地を結ぶ大動脈として機能するのです。

 それと同時に氷の船体は太陽の光を反射し、地球を冷やします。この箱船が太平洋上に存在し、動きつづける。ただ、それだけのことで温暖化を防ぐことが出来るのです!

 この箱船に乗り込むのは故郷を追われた難民たちです。ここには、かのたちを迫害するものは誰もいません。誰もが同じ苦しみを味わった仲間なのですから。この箱船のなかには都市としての機能のすべてが詰め込まれており、実に一〇万人からの人間が生活可能です。この箱船が千隻あれば、一億人の人間に洋上での生活圏を提供できるのです。この人数は難民問題を解決するのに充分な数です。この箱船こそは故郷を追われた難民たちの新しい故郷、安住の地となるのです!

 そして、この箱船の産業はエネルギーです! この箱船には太陽電池や風車をはじめ、海流発電装置、海洋温度発電装置など、およそありとあらゆる発電装置が組み込まれています。その電気を蓄電池に蓄え、太平洋上を周回しながら各地に運びます。

 そう。この箱船こそは温暖化、難民問題、エネルギー危機という三題噺を達成する魔法の箱なのです!」

 あいつはそこでいったん、言葉を切った。そして、おれを見た。おれは思わず『ドキリ』とした。あろうことか、あいつはおれに向かってなんとも親しげな笑みを向けたのだ!

 「ここでひとつ、お集まりの皆さんにどうしてもお話ししておきたいことがあります。私は先ほど『上司から』三題噺を出されたと話しました。しかし、それを上司に伝えたのは、ある友人でした。その友人が上司にこの三題噺を伝えてくれたからこそ、いまの私がある。どうか、私に、その大切な友人を紹介させてください」

 そして、おれはあいつに招かれた。あいつの隣へと。招待客からの割れんばかりの拍手に包まれて、おれは引きつった笑みを浮かべるしかなかった。

 「さあ、いまこそ未来に向けて旅立ちましょう。この笛の音と共に!」

 あいつは思いきり笛を鳴らした。

 それを合図に巨大な箱船がゆっくりと動き出す。

 温暖化。

 難民問題。

 エネルギー危機。

 この三題噺を見事クリアし世界を救った英雄とその友人。

 その図式が出来上がっていた。

 あいつはまちがいなく世界一の英雄であり、おれはその添え物。

 なんでだ?

 おれはあいつに勝つために、あいつを追い落とすためにこの三題噺を考えたんだ。

 なのになんで、こうなるんだ⁉

                 完

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