第四話 これが「コロンブスの卵」

 あいつはおれの目障りだった。

 昔からあいつだけはおれより強くて、おれより頭が良くて、おれより女にモテた。

 あいつのせいでおれはいつだって二番手だった。

 小学校でも、

 中学校でも、

 高校でも、

 大学でも、

 そして、なんの因果か一緒に入社する羽目になった食品会社でも。

 同じ営業部に配属され、あいつは一位でおれは二位。おれの成績が悪いわけでは断じてない。おれは三位以下に圧倒的な差をつけている。おれたちの入社以来、営業部の三位争いは関東No.3を巡る千葉・埼玉の争いみたいなことになっている。それぐらい、おれの成績は圧倒的なのだ。それなのに――。

 あいつがいるせいでどうしても一位になれない。万年二位のまま……。

 ――このままじゃすまさない。絶対に、あいつを追い落としてやる。

 おれは課長に目をつけた。能もないくせに地位に対する執着だけは強くて、部下に対する嫉妬心がすごい課長へと。


 「面白い噂を聞いたよ。君は最近、面白いことを言っているらしいねえ。なんでも『あんな無能な課長は必要ない。おれならモヤシ一本、一〇円以上でも売ってみせる』とか」

 「課長、誤解です。僕はそんなことは一言も……」

 「もういい! 言うからにはやってみたまえ。モヤシ一本、一〇円以上で売ってもらおうじゃないか。出来なかったらそのときは……覚悟したまえ」

 しめしめ。

 ふたりのやり取りを聞きながらおれは内心、ほくそ笑んだ。

 そうとも。『おれならモヤシ一本、一〇円以上でも……』云々という噂を流したのはおれだ。あのろくでなしの課長のこと。部下がそんなことを言っているとなればタダですますはずがない。

 おれの目論見はまんまと当たった。

 いくらなんでも一袋二~三〇円のモヤシを一本一〇円以上なんて値段で売れるわけがない。これであいつは上司の不興を買って左遷。ついに、おれが一位になるときがきたんだ。


 そして、翌日。

 驚いたことに、あいつはさっそく、営業プランを課長に持ち込んだ。

 「なんだと? ペット用のモヤシだと?」

 「そうです。キャッチコピーは、

 『大切なベットに豆の栄養を!』

 です。

 豆が健康に良いことは誰でも知っています。ですが、固い豆をペットに与えるのは大変です。その点、モヤシならば簡単に豆の栄養を与えることができます。そこで、原料を吟味した高級モヤシを栽培し、ペット用として売り出せば……」

 「馬鹿を言うな。どこの世界にたかがペットのために一本一〇円以上もするモヤシを買う物好きがいると言うんだ」

 「ペット用だから買うんです。

 自分は水道水を飲んでいてもペットにはミネラルウォーターを与える。

 自分はコンビニのおにぎりやカップ麺ばかり食べていても、ペットには有機栽培された高級野菜を与える。

 それが、飼い主というものです。ペットを健康に保ち、長生きさせる。そのためなら金に糸目はつけません。

 『豆の栄養でペットを健康に、長生きに』

 そう宣伝すれば必ず、売れます。やらせてください。もちろん、責任はすべて僕がとります」

 「ふん。まあいい。そこまで言うならやってみろ。言っておくが、あくまで君の責任において行うんだぞ。私はどうなろうと知らん」

 「ありがとうございます」

 そのやり取りを聞いておれは計画の成功を確信した。

 『ペット用モヤシ』とやらの値段を計算したら一本一〇円どころか、三〇円以上もするじゃないか。たった一本で一袋分にも匹敵するモヤシを買う馬鹿がいるものか。

 課長だってそう思ったからOKをだしたにちがいない。失敗したときに追い出すために。

 これであいつは終わりだ。

 おれが一位になるのも時間の問題。おれは心のなかで乾杯した。


 ほどなくして『ペット用モヤシ』は売り出された。

 まずは、小鳥用として。

 そして――。


 「ありそうでなかった!」

 「隠れたニーズに応える名品!」

 ペット用モヤシはたちまちのうちに大ヒットしてしまった。

 栽培するはしから売れてしまい、常に品薄状態。客のクレームに詫びつづけなくてはならないと言う嬉しい悲鳴の連続。気をよくした上層部は生産部の規模を一気に拡大。ペット用モヤシの大規模栽培に着手。小鳥用のみならずイヌ用、ネコ用、さらには、ミニブタ用、ウサギ用など、何種類ものペット用モヤシを売り出した。

 そのどれもが大ヒット。会社はかつてない利益を叩き出した。

 その業績であいつはたちまち課長に収まってしまった。左遷されたのは能なしの元課長の方だった。


 ――あいつが課長、あいつが課長。おれの上司……。

 いままでずっとタメ口だったのに――少なくとも会社では――『さん付け』+『敬語』で話さなくてはならなくなった。

 「今期も売りあげトップか。さすがだな」

 「……ありがとうございます」

 課長席におさまったあいつは、屈託のない笑顔でおれに向かってそう言ってのける。

 たしかに、おれは一位になった。あいつが課長になったおかけで自動的に一位の座が転がり込んできたのだ。しかし――こんな屈辱があるか!

 あいつを追い落とすために仕組んだことなのに……なんでこうなる⁉

                 完

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