第二話 人生最良にして最悪の日
あいつはおれの目障りだった。
昔からあいつだけはおれより強くて、おれより頭が良くて、おれより女にモテた。
あいつのせいでおれはいつだって二番手だった。
だから、おれは戦争が起きたとき、進んで兵士に志願した。戦場で手柄を立てて、英雄になって、あいつを越えてやる。そう誓って。ところが――。
「おれも兵士になる。祖国を守らなくちゃな」
あいつもそう言っておれと一緒に前線に出向いた。
おれは優秀なのですぐに手柄を立てた。出世もした。まわりからは
戦場でもあいつはおれより上だった。あいつだけがおれより手柄を立て、おれより早く出世した。同じ地点からスタートしたのに、いつの間にかあいつがおれに命令を下す立場になっていた。おれはそれが悔しくて仕方なかった。
――あいつがいる限り、おれは戦場でも一番になれない。
そう思った。
だから、おれはあいつを戦場から追い出すことにした。
まず、ひとり女を紹介した。
反戦団体に所属し、なにかと言うと『戦争反対、対話による解決を』なんて甘っちょろいことを叫んでいる頭お花畑女さ。
対話による解決?
馬鹿馬鹿しい。これだけ殺し合ってきたのにいまさらそんなことができるものか。お互い、相手に対する敵意と殺意に燃えあがっているんだ。どちらかが滅びるまで、この戦いは終わらないのさ。
だが、この際はその甘っちょろさが役に立つ。
おれはありとあらゆる手段を使ってあいつとこの女とを接近させた。付き合うように、結婚するように。
あいつのことだ。女と付き合うようになれば感化されて戦うことをやめる。
そう踏んだんだ。
そして、あるとき――。
「おれはもう戦うことをやめるよ」
あいつはとうとうそう言った!
「彼女がどうしていやがるし、やがて生まれてくる子供にまで戦争を味合わせたくないというのはおれも同じだからな」
あいつはそう言い残して軍を辞め、女と結婚した。
――勝った!
おれは心から思った。
――思った通り、女に感化されて戦うことをやめやがった! これでおれが英雄だ!
あいつさえいなければおれに敵うものなんていない。おれは戦場で無双の活躍をした。英雄への道をどんどんと駆けあがっていった。
あいつからはときおり、便りが届いた。同封された写真にはあいつと女、それにふたりの間に生まれた子供が写っていた。あいつは妻と子に包まれて幸せそうに笑っていた。
おれはそれを見るたび、ほくそ笑んださ。
――そうして小市民的幸せに浸っているがいいさ。その間におれは英雄となる。お前には想像もつかないような名誉を手に入れてやるんだ。
おれはそれからも戦いつづけ、武勲をあげつづけた。
英雄になる。
まさに、そのために捧げた人生。結婚もせず、子供ももたず、ただひたすらに戦場で武勲を挙げることだけを考えてきた。
そして、今日。
終戦を記念する式典においておれは、あまたの武勲を立てた国一番の英雄として大統領直々に勲章を授けられることとなった。
おれのしてきたことが認められた。
おれはまぎれもなく英雄だ。
まさに、おれの人生最良の日。そして――。
同時に、最悪の日でもあった。
なぜなら、この式典は勝利の記念ではなく、和平の記念だったから。
誰ひとり、可能だとは思っていなかった敵との和平。それを実現させたのは他ならぬこの大統領。
かつては、この大統領も兵士だった。戦場であまたの武勲を立てた英雄だった。それが結婚を機に軍を辞めた。
「生まれてくる子供にまで戦争を味合わせたくない」という理由で。
それから、外交官に転身して交渉に
「いまや変化のときです。歴史はかわったのです。我々は不幸な過去を乗り越え、新しい未来に向かい、共に歩んでいかなければなりません」
誇らしげにそう語る大統領の姿をおれは無言で見つめていた。
和平。
戦争の終わり。
戦争がなくなれば、戦うことしか知らないおれはもはや、時代の変化に取り残された無用の長物に過ぎない。
やがて、勲章の授与式となった。おれはいの一番に呼ばれ、大統領の前に歩み出た。
大統領は手ずからおれの服に勲章を取りつけ、そして、言った。
「ありがとう。お前が妻を紹介してくれたおかげで、おれはこうして新しい歴史を築くことが出来た。時代に変化をもたらすことが出来たんだ。すべて、お前のおかげだ。本当にありがとう。お前は最高の友人だ」
おれの人生最良の日を最悪の日にかえた大統領。それは――。
あいつだった。
完
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