あいつはおれの目障りだった
藍条森也
第一話 これはズルい
あいつはおれの目障りだった。
昔からあいつだけはおれより強くて、おれより頭が良くて、おれより女にモテた。
あいつのせいでおれはいつだって二番手だった。いつの頃からかおれの心のなかは、あいつに対する嫉妬の炎で荒れ狂っていた。
あいつを殺してやりたい。
消してやりたい。
あいつさえいなくなれば、おれが一番になれるんだ……。
だからと言って警察沙汰はゴメンだ。優秀なおれには『輝ける未来』ってものがある。つまらない殺人など起こして人生を棒に振ってたまるものか。
だから、見つけ出したんだ。
『偏愛の館』を。
その古い洋館にはかつてひとりの富豪が住んでいた。その富豪は自分の宝石をこよなく愛していた。そう。偏愛と言っていいほどに。
あるとき、その宝石を目当てにひとりの強盗がその屋敷に押し入った。富豪は宝石を守るために立ち向かい、強盗に殺された。どれほど価値がある宝石だったか知らないが、たかが石ころひとつに命を懸けたのだからたしかに偏愛と言って良いだろう。
その争いのなか、宝石は砕け散り、幾つものかけらとなった。
砕けることで宝石に秘められていた力が解放されたのか、あるいは、富豪の執念か。それとも、その両方なのか。
いずれにしても、強盗は呪いにかかった。
宝石のかけらに魅入られ、屋敷から出ることが出来なくなった。歳をとることも、死ぬこともできず、永遠に屋敷のなかで過ごす運命。
解放される方法はただひとつ。
新しくやってきた侵入者に宝石のかけらを奪われ、殺されること。
そうして、その屋敷ではもう何代も宝石のかけらの持ち主が交代してきた。屋敷の裏手には呪いにかけられた歴代の主たちの墓が並んでいるという……。
おれはそのことを知ると、さっそくあいつに教えてやった。無駄に好奇心旺盛なあいつのことだ。こんな話を聞けば喜んで出かけて行くに決まっている。
そして、思い通り。
いかにもな月が世界を照らし出す、美しくも妖しき夜のなか、あいつは件の屋敷へと入っていった。
その姿を見届け、おれはほくそ笑んだ。
――これであいつは永遠にあの屋敷のなか。今度こそおれが一番になるんだ。
それにしても――。
エドガー・アラン・ポーの描く怪奇浪漫小説の世界がそこにあった。
憎いあいつのためにこんな美しい世界を用意してやるなんて、おれはなんと優しいのだろう。美しい月に浄化されるかのように、おれの心のなかで荒れ狂っていた嫉妬の炎はきれいに消え去った。
「あばよ」
おれは満足の呟きを残し、家路についた。
今夜はきっと、よく眠れるだろう。
そして、翌朝。
朝の訪れとともにおれは部屋の窓を開けた。
清新な朝日が部屋いっぱいに入ってくる。
ああ、なんて良い気分だ。こんなに爽快な目覚めはいつ以来だろう。目障りなやつがいなくなることでこんなにも気分がよくなるなんて。
おれは良い気分のついでに朝の散歩としゃれ込んだ。行く先は例の屋敷。もちろん、なかに入ったりはしない。外からあいつの運命を想像してニヤニヤしてやろうと思ったのだ。ところが――。
どうしたことだろう。あんなにも寂れ、人っ子ひとりいなかった屋敷が人であふれているではないか。キャアキャア声をあげて、みんな、楽しそうだ。
しかも、その先頭にはあいつが立っている。観光ガイドよろしく、集まった人たちににこにこ顔でなにやら話している。
「やあ、きたのか」
おれに気付いてあいつがやってきた。
「これはいったい……」
「ああ。実はこういう事情でね。この屋敷は呪いの館だったんだよ。でっ、思ったんだ。呪いの話をネタに客を呼べば観光地化できるんじゃないかってね。それで、ネット配信してみたらさっそく大当たり! この状況というわけさ」
「し、しかし……その話だと新たにやってきた侵入者は宝石のかけらに魅入られ、古い主を殺すはずじゃ……」
「うん。そこなんだけどね。呪いにかかるのはあくまでも『侵入者』なんだ。
これからホテルやレストラン、土産物屋なんかも整備して本格的な観光地にするんだ。大儲けできるぞ。
まあ、この屋敷から出られなくなったけど、屋敷も敷地もこれだけ広いんだから不自由なんてないし、いまはスマホひとつあればなんでも届けてくれる時代だからね。なにも困ることなんてない。
大金が稼げてしかも、不老不死!
これから先ずっと、若い妻を何度も
完
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