ウダツは藍の染物で有名な町であった。

 町並みも整っていて道幅も広く、石畳も綺麗に敷き詰められている。反物を大量に買い付ける都の商人のものと思われる荷馬車が見られる。藍商の大きな屋敷も多く立ち並んでいる。山間にしては栄えた町であった。

 ゴウは久方ぶりにこの町を訪れた。しかし、その様子は違う。人通りはあるが、前と比べものにならないほどに少ない。喧騒はあってないようなもので、鳥の囀りの方が耳に入ってくる。厄介な魔物の襲撃に悩まされていると聞いたが、そのせいだろうか。

 請負処うけおいどころは、商店の立ち並ぶその一画にあった。

「ここがウダツの請負処か……」

 ヒナノが戸惑いを見せていた。その黒屋根の建物の周りだけ、明らかに雰囲気が違っていた。それを感じるのは集っている者達の様相からだ。刀やら槍やら弓やら各々武器を持ち、出立ちも普通の町人には見られない派手な者が多い。それでなくても、命の獲り合いを生業としている故の異様を感じる。

 ヒナノがゴウの背を軽く押す。先を歩けと言いたいのだ。恐いのか、ただ見たことのない類の人を奇異に感じているだけか。ゴウが見た限りでは、一族の猛者達やクレハ婆を超えるような者はいないように思える。恐れは彼の中にはなかった。

 建物の中へ入る。集う人々の奥に、番台に座る男がいた。そこで依頼をすれば良いのか、どう言おうか。ゴウの頭を回る言葉が逡巡を生んだ。

「おう、そこの坊っちゃんに、嬢ちゃん。退治の依頼か?」

 番台の方から声がかかる。子供がここへくるのも珍しくないのだろうか。慣れた印象だ。

「退治じゃないよ」

 番台に近付きながら、ゴウはそう言った。それを受けて男は首を捻った。

「退治じゃないだって? そうか、坊主、退治屋になりたいんだろ? 中々良い面構えしてるもんな」

 ここで自分も魔物退治の仕事を請け負えるのか。一瞬、そんなことがゴウの頭に浮かんだ。

「ここで、用心棒も雇えるんでしょ?」

 ヒナノが訊いた。単刀直入だ。

「ああ。そう言うことか。雇えるぜ。どんな用ごとだい?」

「えっとね……」

 ヒナノは今センエの一族に起きていることを話して聞かせた。

「うーん。そいつは中々の大ごとだな。雇うとなると、結構な腕利きか、大人数か、ってことになる。そうなると当然、これが必要だ。沢山な」

 番台の男が人差し指と親指で輪っかを作る。カネ。それはゴウにも分かる。

「なら、あるよ」

 ゴウはから金の大粒を取り出して見せた。それを見て番台の男が目を剥く。

「こら、ゴウ。ダメだって」

 ヒナノが焦ってゴウの着物を引っ張った。どうしてだろうか。ゴウにはそれがイマイチ分からなかった。

「おい、餓鬼。その仕事、俺が請け負うぜ」

 そう横から口を出したのは、見るからに無頼な男であった。大きな斧を背負い、赤い陣羽織を着ていた。

「ほら……」

 ヒナノが口を尖らせて、抗議の眼を向けてくる。面倒ごとを引き寄せたかもしれない。

「どれ、そいつは本物か?」

 男が金の大粒へ手を伸ばす。ゴウはその手を瞬時に掴み、捻り上げていた。

「痛ぇえ。何しやがる。離せ、餓鬼!」

 その声に請負処の人々の目が集まる。子供に捻り上げられる大の男を見て、笑いを漏らす者も少なくなかった。

「スキも多いし、俺よりも力が弱い。あんたじゃダメだね」

 ゴウは怒りを込めるでもなく、男と自分を比して淡々と言った。手を離してやる。この男になら何をされても対処出来る。だが、大粒を見せてしまったのは迂闊だった。ヒナノの忠告はこういうことだったのか。ゴウは金を懐へ仕舞った。

「クソ……餓鬼のクセに、なんて力してやがるんだ。用心棒なんて雇う必要ねぇだろ」

 陣羽織の男は青い顔をしながら、捻られた腕を摩っていた。折れてはいないはずだが、少し強くやり過ぎたか。

「ごめんね。こいつ、すごい力でしょ。でも、おじさんもいきなり手を出すから悪いんだよ」

 ヒナノの甲高い声を上げながら、癒しの術を男へ施した。その顔色が見る間に戻っていく。

「おお、すまねぇ。嬢ちゃんも中々の術士だな……」

 陣羽織の男が、痛みがないのを確かめるように腕を振った。

 番台の男は腕組みをしてその様子を見ていた。

「うーん。坊主も強いし、腕利きの癒し手もいる。それにセンエの一族って言えば屈強揃いだって聞く。そんな奴らの長が用心棒を必要としてるとなると、これは相当だな。半端な奴じゃ任せられねぇ」

「ここにはいないの?」

「今、手練れは皆、最近この町の近くに出る、大熊の魔物を退治しようと山狩りをしてる。だが、その中にもお眼鏡に叶う者がいるかどうか……」

 番台の男が顎を摩る。

「いや、いるぜ。しかも、この大陸の退治屋じゃ、知らぬ者はいねぇって奴らだ」

 陣羽織の男が静かに言った。真剣な顔だ。嘘を言っているようには見えない。この男もさほど悪い人間ではないらしい。

「どんな人? 有名人?」

 ヒナノが口早に訊く。

「ああ、『火狂ひぐるい』と『堕龍人殺だろうどごろし』だ」

 それは二つ名というやつなのか。堕龍人だろうど。またその言葉だ。しかも、それを殺したのか。

「おい! その二人がこのウダツにきてるのか! いつだ? 何故ここへ姿を見せねぇんだ?」

 番台の男が声を荒げる。相当な人物のようだ。

「さっき着いたみてぇだな。今頃、どっかで飯でも食ってんじゃねぇか? 俺も直接見たわけじゃねぇが」

「うん。噂ってことだな。だが……」

「ああ、退治屋の噂を馬鹿にしちゃいけねぇ。その類に鋭い奴らばかりだからな。それに、特徴があり過ぎる二人だ。見間違うのも、あまり考えられねぇ」

「特徴って?」

 ゴウが訊いた。何か胸の奥に小波のようなものが立つ。

「火狂いは女だ。緋色の髪で、男なら誰でも振り向く妖艶な格好してるらしい」

 そう言う番台の男の顔はどこかニヤけていた。

「え……嫌な女そう」

 ヒナノが眉をひそめた。何故そんなふうに思うのだろうか。ゴウには不思議だった。

「はは。まあ、そう言うな。その力は本物だぞ。何せ、ナンヨウ国を荒らし回った大鬼を、一人で討ち取ったって話だからな」

 番台の男が笑いを漏らした後すぐに、神妙そうな顔を作って言った。

「大鬼? なんか知らないけど、大きくて強そう」

 ゴウもヒナノと同じように思った。鬼は魔物と化した人だという。ならば大鬼とは、それの力が巨大になったモノではないのだろうか。

「もう一人、堕龍人殺しは雄牛の獣人だ。頭に二本の立派なツノが生えてて、七尺は越えようかってほどの大男らしい」

 獣人。ゴウは一度だけ、山の中で鹿の獣人を目にしたことがあった。獣の頭を持ち、人の体で二本の脚で歩く。頭も良く、力も強い者が多いらしい。

「七尺……」

 ヒナノが天井を見上げる。そうして大男の想像をしているのだろう。ヒナノの反応は面白い。こうして思ったことを表に出してくれる。

「その異名通り、テイワ国の堕龍人を殺したらしい。信じられない話だがな」

 番台が更に神妙な顔になった。今度は作ったものではない。

「堕龍人って何?」

 ゴウの胸の小波が更に際立つ。堕龍人だろうど。どうしても気になる言葉だ。

「なんだ、坊主。堕龍人も知らねぇのか。里じゃ子供の時分、みんな堕龍人ごっこして遊ぶぞ。龍が天より堕ちし者、その身に宿るは天意なり。ってな。龍みたいに強いんだぞ」

「龍みたいに……」

 ゴウは過去に見た草子絵を思い出していた。その天空を舞う、巨大で荘厳な姿をだ。

「へぇ。私知らなかったよ。一族じゃ教えてくれなかったからさ。でも、そんなに強い人を倒しちゃうんでしょ? その退治屋、とんでもないね」

「ヒナノ。その二人を探しにいこう」

 ゴウの胸の小波が大波になっていくようであった。直感した。その二人には何かある。途轍もなく強い。それ以上の何かだ。

「え? 確かに、今聞いた話の通りだったら、用心棒には文句なしだけど」

 ヒナノが番台に眼を遣る。

「ああ。その金の大粒だったら、二人を雇うのにも申し分ない。もし、金で揉めそうになったら連れてきてくれ。ここはお上公認だ。御法度に則って、公正に取り結べるよう計らってやる」

 男が胸を張り自信ありげに腕を組んだ。

「だってさ、ヒナノ」

「しょうがない。私も、その二人見てみたいしな」

 決まった。

 ゴウとヒナノは、番台に礼を言い、請負処を後にした。

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